第3話 コンビニエンスストア

(誰か、誰かいないのか!?)


できるだけ狭い小道を選びながら、俺は心の中で叫ぶ。

ゆっくり慎重に、でも早歩きで。


今は午後2時の真昼間。しかも雲一つない晴天である。

俺の体はシャワーを浴びて1時間しかたっていないというのに、緊張と焦りで服はすでに汗で濡れており、頭の中はぐちゃぐちゃのままだ。

今のところ別のゴブリンは見ていないが、街中は明らかに様変わりしていた。


まず、とにかく人がいない。狭い小道を選んでいるとはいえ、たまに大きな道路を横切る必要がある。その際は慎重に顔をだしてみるが、動いている車が一台も見当たらず、道には人っ子一人いない。

まるで世界から俺一人を残して消えてしまったみたいな感覚に陥る。


だが、そんなことがないのは道端のあちらこちらに落ちている大量の血痕と、ゴブリンの食べ残しかわからない人間の体の一部が証明していた。


日本の総人口は1億2千万人。まさかゴブリン程度に全滅させられるようなことはないだろう。


しかし、人の気配はない。今はとにかく人に会いたい。それでなぜこんなことになっているのかを聞きたい。そして現実を直視する時間が欲しい。


ここに来るまでにいくつか一軒家を回ってみたが、やはり人の気配はなく、こんな世界になっても戸締りだけはちゃんとされていて中に入れない。もしくはガラスが割られていて荒らされた後だった。


ガラスが割られた家は安全性に欠けてゆっくりできないし、無事な家の窓ガラスを割って中に入るのは倫理観の問題もあるし、なにより本末転倒だ。


(クソッ、クソ!)


世界がこんなことになっているというのにぐうたら眠りこけていた自分に腹が立つ。スマホをちらりと見るとwifiも4G回線もダメになっていたが、電話やラインの履歴だけはみることができた。内容をじっくり見る時間はないが、どうやら俺が眠り始めた次の日の土曜日には世界がおかしくなっていたようだ。


世界がこんなことになっているというのに、ぐうたら寝ていたのは世界でも俺くらいだろう。


(何か……忘れている気がする……)


金曜日のことを考えようとすると、何か頭の隅で引っかかるのだ。

だが俺は金曜日の夜はすぐに眠りについたはずだ。でも何か……。


葛藤に入りそうになりながら歩いていると、目的地へとたどり着いた。なにも目的地もなくただ歩いていたわけではない。俺が向かおうとしていたのは、家の近くの裏路地にあるコンビニエンスストアである。


駅近でもなく、大通りに面してもいないが、住宅街ということにあり、それなりに繁盛していた。もしかしたら人がいるかも。人がいなくても家から持ってこれなかった生活必需品が手に入るかもしれない。あわよくば一息つきたい。


そんな俺の考えはあっさりと打ち破られる。


「ギャーギャー!」

「ギョエー!」


ゴブリン達がコンビニの前の駐車場でたむろしていた。辺りには紙の飲み物や、お菓子の袋が散乱している。

いつの時代の不良だと突っ込みたくなる。


物陰からその様子をこっそり見ていた俺は、ゴブリン共を蹴散らすか、それとも別のコンビニに行くかで迷う。


(いやいや……)


頭をよぎったゴブリンを蹴散らすという案を頭を振って振り払う。

休みたがりすぎて頭が短絡的になっていた。相手の戦力も分からず突撃とかありえない。


「はぁ……」


諦めるしかない。そう思った矢先のことだった。


「「うおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーー!!」」


雄たけびを上げ、手に金属バットを持った男性が二名、ゴブリンに突撃をしていた。


(人だ!)


起きてから初めての生きている人間に俺は興奮する。

突撃している男性二人に気づいたゴブリンは慌てて立ち上がり、臨戦態勢に入る。しかし、奇襲が功を奏したのか、あっという間にゴブリン三匹を皆殺しにしてしまった。


(うおおぉぉーーー! すげぇぇぇーー!)


待ち望んでいた生きた人間ということにも感動したし、こんな世界でもたくましくちゃんと戦って生きている人がいるということにも感動した。


「「イエーイ!」」


男性達がハイタッチをしている。


(どうしよう……。今から声掛けたら漁夫の利を狙っているように思われるかな?)


あの輪に混ぜて貰いたいところだが、今出ていったらいいとこ取りをしようとしている人間に見えるだろう。しかし、待ったら待ったで、なんですぐ出てこなかった、となりそうだ。


ならばと、意を決して話しかけようと物陰から足は踏み出した瞬間、バシュッという空気が抜けるような音がした。


「?」


何の音だ、と疑問に思ったがそれはすぐにわかった。

二人いた男性の内の一人が、頭に矢を受けて吹っ飛んでいたからだ。


「お、おい! 大丈夫か!?」



もう一人の男性が声をかけるが、遠目から見ても致命傷なのはすぐにわかる。一瞬だが、頭がい骨すら貫通しているのが見えたのだ。まず助からないだろう。


「お、おい! 返事しろ!」


そういって、一瞬気を取られた瞬間、もう一度バシュッという音がして、もう一人の男性の脳天が貫かれる。


驚愕し、一歩踏み出した姿勢のまま動けない俺の視界に映ったのは、脳天を矢で貫かれた二人の男性の死体。


そして、コンビニの奥からゆっくりと歩いてくる大人の身長を優に超える巨大なゴブリンだった。

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