第3話 愛されない青年

 それから、僕は正常な青年として、病院での日々を過ごした。看護師らには、笑顔で挨拶をし、先生の診察の返しも健全な子として答えた。

 その翌年、僕は病院の檻からでられた。先生が、僕の性格に異常はないと、判断したらしい。

 そのまま、僕は遠くに引っ越し、そこの地域の中学校に入学した。

 1年間も健全な青年を演じ続けた結果、慢心が生まれてしまっていた。煙草を吸っているからかっこいいわけではないし、美容院に行けばきれいになれるわけでもない。いい子を演じたからって、僕の奥にある、薄気味悪い空間が、心地よく消えるわけもない。

 僕はもう大丈夫だと思っていた。自分を過信していた。


 クリーム色の教室のドアをひらく。重々しく開けてしまったそれは、僕を悪夢へ誘う悪魔の門の音だった。

 教室に入って、最初に目に入ったのは、栗毛のロングの女の子だった。本当にきれいな子だった。運命とさえ思った。

 僕は、自分の心を、この気味の悪い心を、理解していた。僕は、すっかり彼女に恋をした。

 そのあとの自己紹介も、学校紹介も、授業も一切頭に入ってこなかった。ずっと、彼女の目線、息づかい、鉛筆の持ち方を余すことなくみていた。ひたすらに。


 ここにきてから、一週間、ついに僕は彼女を体育館倉庫の裏に呼び出した。告白のシーンにはありきたりすぎるかもしれないが、僕にはそこしか、いい場所が思いつかなかった。

 僕が体育館倉庫で待っていると、不安と期待の顔をした彼女が前から来た。彼女は、不安からか4メートルほどの場所で立ち止まった。

 「あの、話って…」

 彼女から、絞り出した細い声が聞こえた。

 僕は、興奮する気持ちを抑えながらも、背中に隠した右手に力を込める。一歩一歩、彼女に近づき、距離を詰める。

 「僕は。僕は、君を一生、幸せにするよ」

 右足を蹴りだし、彼女の目の前まで迫る。ヒッと、彼女は驚きの声をあげたが、それを左手でかき消す。そのまま、彼女を押し倒した。彼女の鼻息が、左手を通って伝わってくる。

 愛してる。それだけ言って、彼女のおなかに5回、隠し持っていた包丁で刺した。愛をこめて5回、刺した。

 彼女の荒い息はもう、感じ取れないが、彼女の生きていた証拠は、体育館倉庫の風で育った草にしみ込んだ。



 それからも僕は、気に入った人を見つけては、告白を続けた。光輝もその一人だった。

 僕は、今日も愛しい彼や彼女の肉を食べるし、骨をしゃぶりつくす。良い子の仮面をかぶったとしても、僕のこの気味の悪い心を、塗り替えることは出来なかった。

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ナイフとフォークのいらない、君のいた食卓 藤田 芭月 / Padu Hujita @huj1_yokka

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