狭間跳人

「さてさて君はどういう要件で、ここに来たというんだい?」


「それは、そのー……」


私は言葉に詰まる。

勢いで来てしまったはいいものの、彼になんて言えばいい。

あなたの小説が現実に起こったことだと知っていますって?

私は、眩暈が起こる前の世界の出来事に関して私は何の証拠も持ってない。

妄想だと一蹴されて終わりだろう。

そもそも、眩暈と世界が変わることがリンクしていて、それをこの人が操っていたとして、彼が何を出来ると思って私はここにいるのだろう。

感情ばかりが先走ってここにきてしまったことを私は後悔していた。


帰りたいと思ったが、目の前の彼は面白いものを見るような眼で私を見ていて、逃がしてくれそうにない。


ごくり、と唾を飲み込んだ瞬間。

音が鳴った。

この空気を打ち砕いてくれるか、と期待して音のした方を見たが柱時計が3時を告げていただけだった。

間抜けな音楽を流す時計だが、緊迫した空気を緩めてくれはしない。

心の中でため息をつく私。

しかしそこに、今度こそありがたい音が鳴った。


「ふむ、今日はたくさんお客さんが来るな。珍しい」


彼は椅子から立ち上がって、チャイムの主を出迎えに行く。


「はい」


「すみません。ここが狭間探偵事務所で合ってますでしょうか?」


「そう聞くということは捜査の依頼ですかね? 合っていますよ、ささ、どうぞおかけになって」


彼――狭間さんは私の座っている椅子に依頼人さんを導こうとして、私の存在に気付き一瞬はっとした顔をしたが、すぐにあごでくいっとどくように指示してきた。

私は後回しか、いや、当たり前だな、私は今のところ依頼人ですらないんだから。


「それでどんなお話かな?」


狭間さんは椅子に優雅に座りながら依頼人に問いかける。

その言葉に依頼人は私の方をちらりと伺う。

そりゃそうだよね、探偵に依頼するような話をしに来てるんだもん、部外者の私がいたら気になるよね。

私が部屋から出ようと足を動かそうとした瞬間、狭間さんは私をにらみつけ威圧して私の行動を止めた。


「彼女は私の助手です。お気になさらずに」


そして依頼人に優しく微笑む。

その態度で依頼人の信頼を勝ち取ってきたようだ。


「そうですか、それでは……」


依頼人は納得したのか、深刻な表情に戻り話し出す。


「実は、資産家の友人が最近亡くなって。あいつが死んだのも悲しいんだが、あいつが愛した家族が遺産問題でもめているらしいんだ。それを見ていられなくてな……」


「ほう、つまり。遺産問題の整理ということですか。それでしたら、私ではなくしかるべき弁護士などに相談を……」


その言葉に依頼人は首をぶんぶんと振って否定する。


「いや違うんだ。その、遺産問題でもめている原因なんだが、どうやら家族がお互いがお互いを疑ってるらしいせいでな。つまり、そのーあいつを他の家族が殺したんじゃないかと」


内容を聞いて思い出す。

これはあの日、家族が死んだあの日に起こった眩暈のあと、強盗殺人の代わりに特集されていた事件だ。

大富豪の不審死事件。

確か、ニュースでは後妻さんが怪しいのではと言っていたはず。


「それで詳しいいきさつなんだが……」


「いえ、結構です」


狭間さんの言葉に依頼人が目を丸くする。

その表情を見た彼は、再び顔に笑みを浮かべた。

依頼人の驚く顔が好きという変態的趣味があるのかもしれない。


「偏った情報を避けるため、そこからは私自身の調査で調べさせていただきます。あなたに聞きたいことはあと一つ」


「なるほど、わかりました。依頼を受けてくださるなら、私にこたえられることならなんでもお答えします」


そう言って頭を下げる依頼人に、狭間さんは不可解なことを聞いた。


「あなたは、事件の解決を望みますか? それとも、友人に生きていて欲しいですか?」


「それはどういう……」


「答えはどちらかです」


「それはもちろん、友人が生きていれば嬉しい! だが、そんなこと……」


続けようとする依頼人の言葉に被せて、狭間さんがこう宣言した。


「それでは、その依頼、我が狭間探偵事務所がお受けします」




彼がそう言った瞬間、私に強い眩暈が起こった。

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