ザリガニでちょいと一杯

「いらっしゃい」


 威勢よく出迎えたのは、若草色の三角巾をかぶった黒髪ロングの若い女性だ。


「夏さん奥にいます?」


「夏? あ、もしかしてお客さん、夏のことを助けてくれた人?」


「はい」


 ユノウがうなずくと、その女性はユノウの手をギュッと握った。


「話は聞いてるよ。妹を助けてくれてありがとう。私、姉のえみです」


「冒険者のユノウです」


「旅芸人の辰巳です」


「夏だったら、奥の台所にいるから」


 台所へ行くと、夏が料理を作り、文が燗酒かんざけを作っていた。


「こんばんは」


「どうも」


「あ、ユノウさん、辰巳さん、いらっしゃいませ」


 夏は料理の手を止め、二人の方へ向き直した。


「夏さん、ちょっとお願いがあるんだけど。森で獲ったザリガニ、あれを料理してもらえないかな?」


「構いませんよ」


「ありがとう。じゃあ……」


 ユノウは台所を見回したが、巨大なザリガニを出せるようなスペースは見当たらない。


「あ、ザリガニは外にお願いします」


「わかった」


 ユノウは夏と一緒に裏口から外へ出ると、そこにモクメザリガニを取り出した。


「余った分はお店にあげるから、自由に使って」


「いいんですか?」


「あたしが持ってても、どうせ持て余すだけだからさ。遠慮せずもらっちゃって」


「ありがとうございます。腕によりをかけて、おいしいもの作らせてもらいます」


 夏は声を弾ませた。


「あと、この薬草を採りたいんだけど、生えてる場所知ってる?」


 ユノウは夏に依頼書を見せた。


「アオタネソウですか……それなら心当たりがあります。良かったら、明日も食材を採りに行きますので、その場所に連れて行きますよ」


「ほんと、ありがとう。薬草を探すのって結構面倒なのよね。じゃあ、朝一でここに来ればいい?」


「はい、お待ちしてます」


「じゃ、料理楽しみにしてるから」


 ユノウは中に戻ると、熱燗を二本注文して、先に席へ着いていた辰巳の隣に腰を下ろした。


「ばっちりです」


 ユノウは辰巳に向かって右手の親指を立ててみせた。


「え、何が?」


「何がって、料理と薬草に決まってるじゃないですか。夏さんに聞いたら、生えてる場所を知ってるそうです」


「おっ、やっぱり知ってた」


「はい。それで明日なんですけど……」


 会話の途中で、文が注文したお酒を運んできた。


「お待たせしました、熱燗です。……どうぞごゆっくり」


 文は徳利とっくり二本と猪口ちょこ二つを長椅子の上に置いた。


「はい、どうぞ」


 ユノウは徳利を持つと、辰巳の猪口に酒を注いだ。


「おっと。じゃあ、お返しに」


 今度は辰巳がユノウの猪口に酒を注ぐ。


「とりあえず、お疲れ様でした」


「お疲れ」


 二人はグイっと酒を飲み干した。


「ふぅ~。で、明日なんですけど、夏さんと一緒に森へ行くことになりましたから」


 ユノウは話しながら辰巳の猪口に酒を注ぐと、辰巳もユノウの猪口に酒を注ぎ返した。


「あ、連れてってくれるんだ。それは助かるね」


「だから、明日は朝一でここに来ます」


「朝一って、いつ? まさか日の出じゃないよね?」


 時計がないので、辰巳は具体的にそれがいつなのかわからなかった。


「いえ、それは……」


 ユノウがしゃべろうとした時、「ゴーンゴーンゴーン」と鐘の音が聞こえてきた。


「ほら、今聞こえてきたじゃないですか。ああやって朝の六時と九時、昼の一二時と三時、夜の六時と九時に鐘が三回鳴らされるらしいので、あれが鳴った後くらいですかね」


「ふーん。けど、それだと朝起きるの厳しくない? だって鐘が鳴る前に起きてなきゃいけないんでしょ。俺感覚だけで五時頃に起きるとか、そんな器用なことできないんだけど」


「心配しないでください、これがありますから」


 ユノウが取り出したのは、大きなベルがついたアナログ式の目覚まし時計だ。


「確かにこれがあれば起きられそうだけど、使えるの?」


「時間の流れは地球と一緒なんで、時刻を合わせれば使えます。……今さっき鐘が鳴ったんで、六時一分くらいですかね」


 ユノウがパパっと目覚まし時計の時刻を調整し終えると、タイミング良く咲が料理を運んできた。


「お待ちどおさま。モクメザリガニの刺身です」


 咲は大皿に盛られた刺身と醤油、そして箸を長椅子の上に置いた。


「おぉ、これ何人前あるんだ?」


 食べやすい大きさに切られたモクメザリガニの身が、大皿一面に盛りつけられていた。


「さ、辰巳さん食べてみてください」


「いただきます」


 辰巳は薄桃色をした身に軽く醤油をつけると、口に放り込んだ。


「うまっ」


「ね、あたしが獲りにいった理由がわかるでしょ」


 辰巳は笑顔でうなずくと、酒を口に運んだ。


「お待たせしました。モクメザリガニの塩焼きです」


 文が料理を置くと、香ばしい匂いが鼻腔びこうをくすぐった。


「匂いだけでうまいのがわかるね」


 辰巳は熱々の身を口に入れた。


「うん、うまいっ!」


「おいしーっ」


 ユノウは身を食べると、すぐに口で猪口を迎えにいった。


 二人が美味しいお酒と料理に舌鼓を打っていると、派手な色合いの着物に身を包んだ、見るからにガラの悪そうな三人組の男たちが店へ入ってきた。

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