招かれざる客

「いらっしゃ……」


 彼らを見た途端、咲から笑顔が消えた。


「よぉ、借金の回収に来たぜ」


 言ったのは無精髭を生やした小太りの男で、腰には刀とひょうたんがぶら下がっていた。


「回収? 今月分の期日はまだ先じゃないかい」


 咲は強めの口調で言い返した。


「予定が変わったんだ。今すぐ払ってもらおうじゃないか」


「急に言われたって払えないよ」


「払えないんだったら、奥にいる娘を連れていくだけさ」


 男がドスの効いた声で脅し文句を言うや、一人で酒を嗜んでいた侍がスッと立ち上がった。


「先ほどから聞いていれば、随分と乱暴な物言いだな」


「なんだてめぇは!」


「私はただの冒険者だ。目の前で人さらいが起きそうになっているので、止めに入らせてもらっただけだ」


 侍は薄緑色の着物に赤い陣羽織じんばおりを羽織り、冒険者とは思えない気品を漂わせていた。


「人さらい? 勘違いしてもらっちゃあ困るな。俺はただ、貸した金を返してくれって言ってるだけだよ。金さえ返してくれれば、俺たちはおとなしく帰るさ」


 わざとらしい笑みを浮かべながら話す男の後ろでは、子分と思われる二人が、脅すように鎖鎌と小刀を見せつけている。


「ほぉ、勘違いか? 仲間の二人を見ると、そうは思えんのだがね」


 穏やかな口調の一方で、侍は左手で腰に差した刀のさやを持ちながら、「いつでも抜けるぞ」と男たちを牽制している。


 一瞬にして、店内は不穏な空気に支配された。


「おいおい、これヤバいんじゃないか」


 楽しい酒の席が一変、辰巳はすっかり酔いがさめてしまった。


「辰巳さん、急いで場が和むようなものを切ってください」


「え?」


「このままだと刃傷沙汰が起こっちゃいますよ。ほら、いいから早く切ってください」


「わ、わかったよ。えっと、和みそうなもの和みそうなもの……」


 辰巳はアタッシュケースから紙とハサミを取り出すと、大急ぎで場が和みそうなものの形を切り上げた。


「よし。出でよ、陽気に踊る人」


 そう言って現れたのは、浴衣にねじり鉢巻き、“祭”と書かれた団扇うちわを右手に持った、見るからに陽気そうな男だった。


「あっしを呼んだのはどちら様でございましょうか」


「俺俺。なんでもいいから、急いでこの場を和ませて」


「へい。では、音の方をお願いします」


「音? 音ってなんでもいいの?」


「ようござんす。『炭坑節』でも『オクラホマミキサー』でも、なんでも構いません。なんなら、適当に弾いたものでも合わせて踊りますから」


「だってさ、ユノウ」


 辰巳は楽器を弾けないので、必然的にユノウの役割となる。


「わかりました」


 ユノウは三味線を取り出して軽く調子を合わせると、適当に音頭調の曲を弾き始めた。


「さぁさヨイヨイ。あ、ソレ、ソレ、ソレ、ヨイヨイヨイヨイ。ヨイサッ、ヨイサッ」

 

 曲に合わせて、男は歌いながら踊り始めた。

 さらに、陽気さを上乗せするため、辰巳も手拍子をし始める。


「て、てめぇら、俺たちを馬鹿にしてるのか!」


「これは一体……」


 眼前で繰り広げられる急展開すぎる状況に、無精髭の男と侍は困惑した。


「さぁさ、みなさんご陽気に。ヨイサッ、ヨイサッ。ソレソレソレソレ」


 男はそんなことなど全く気にもせず、満面の笑みで見事な踊りを披露する。


 すると、陽気な空気にのまれるように、咲が手拍子を始め、続いて台所から様子をうかがっていた文と夏が、そして侍がつられるように手拍子を始めた。


「踊って踊って皆笑顔」


 男の踊りに皆が魅入られていくなか、無精髭の男は頑なに手拍子をしようとはしなかった。

 が、子分と思われる二人はあっさりと陥落した。


「馬鹿野郎。お前らまで手拍子してどうすんだよ」


「すいません、兄貴」


「面目ねぇ……」


 店内はすっかり陽気な空気に支配されており、脅しや暴力が通じるような感じは一切ない。


「……ったく、出直すぞ。てめぇら覚えとけよ!」


 悔しそうに捨て台詞を吐くと、男たちは店を出ていった。

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