第7話

それは……っ、ごっ、五千円札ごせんえんさつ。だよ。


「あっ、いまは……なんか玄関先げんかんさきみたいなとこで、家庭訪問かていほうもん?にきた学校の先生に、お母さんがペコッと頭下あたまさげてるようなかんだ。」


それは、「ご挨拶あいさつ」ですっ。


――だからっ、そのぉ……「ご」って、いったいなによ?


「まあ、そんなことはもういいじゃん。ちょっとかっこつけて、わざわざむずかしい言いかたした俺がわるかった。それよりさあ、もう、やめとこう。『読む』のは。」


らしくもなく、すなおにそんなことを言うユキヒロは、どうしてか……さっきから、ちょっとむずかしい顔をしてる。

けど、ふしぎなことに、そんなふうにおもいだすと、心なしかほかの三人も、みょうにうすぐら~い表情をしてるように見えてくる。


どうしたんだろ。


……って、いやいやいやいや。

この場で、さっきから数かぎりない常識じょうしきはずれにりまわされて、神経しんけいがまいっちゃってるのは、どちらかといえばわたしのほうなんですけど。


「『読む』のって、けっこうつかれるの?」


ふと思いついてきくと、ユキヒロは意味ありげに、大きくうなづいた。


「うん。めちゃくちゃ疲れる。……まあ、」


続きを言いかけたところで、マサナオがってはいった。


「疲れるっつぅか。……車酔くるまよいしたときみたいな、『気持ち悪い』っていうほうが近い感じになるな。」


ええっ。ヤじゃんそれ、ふつうに。


みんなとはちょっと距離きょりをおいているミツルまで、あのジトーッとした小動物しょうどうぶつみたいな目で、「そう、そう。」っていうみたいに、マサナオのすこしだけのめだつ、ほねばった横顔よこがおをねっしんにながめてる。


と思って見てたら、――こわれた人形みたいにかくかくうなづいてるよ。

……っていうか、まてよ。

よく考えたら、さっきから、だれかひとりうるさいのがけてるような……


「あれ?トモキは?」


「はいは~いっ、おびでしたかぁ♪」


のわわっ。


部屋のドアのすぐそとから、あの顔がちらちらっと、それこそごきげんうかがいでもするみたいに、何度なんどもこっちをふりかえってる。


トモキはいつのにとってきたのやら、その左手には、お熱があるときにおなじみ『冷えピタ』だとか、わたしもここしばらく見かけなかった体温計たいおんけいだとか、それから……キャラクターもののガーゼのマスクなんかをもって、そしてその右手には――なんと、おそらくは(そんなにあたらしくない)リンゴをすりおろしたモノとおぼしき、ちゃかっしょくの山が見えるボウルをかかえていた。


「トモキ、それ……」


わたしが自分でも意外におもったくらい、ちょっとおおげさな、ふるえぎみの声でそうよびかけると、トモキは……

わたしがこれまで他の人ではみたこともないような、なんというか、――すっごくへんないいかただし、それよりなにより、かなり下品なのはわかってるんだけど……

たとえるなら、『大』のほうをぎりぎりまでガマンしてる人の表情かおみたいな……いや。それよりかは、まだもうちょっと余裕があるかな。


……まあ、わたしの言葉じゃ、うまくはいえないんだけど。

ともかく、そういう表情をした。

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