第6話 血の樹ラーゼス3

「……向かわせていた戦闘人形ドールズが消えました」

「なに?」


  ヴァートの言葉にセルブスは耳を疑った。たった1体とはいえオーガを単体で屠る事が出来る代物だ。それを撃破したという事はこの侵入者は只者ではないという事になる。想定していた警戒レベルを一つ上げつつ先ほどのヴァードの言葉に一つの疑問がセルブス浮かんだ。


「待ってください。と言いましたか。倒されたのではなく」

「はい。先ほどまで感じていた魔力が完全に消失しました。どうやったのか不明ですが死体も残らない形で殺したようです」

「――なるほど」


 その報告を聞きセルブスは考える。どういう手段で死体を消したのか。強力な魔法を使い死体を消し去ったというのならまだ話は分かる。その程度ここにくる冒険者なら可能だろう。だがそんな強力な魔力は感知しなかった。このラーゼス全域を把握しているヴァードだけがそれを知ったという事になる。

 ありえるのか? そう考えセルブスは自身の顎に手を置き思考を進めているとそんなセルブスに声をかけるものがいた。


「おい。なにをやっている」


 奥の扉から一人の男が歩いてきた。魔人の特徴である褐色の肌に苛烈な赤い頭髪の大男。セルブス達と同じ白いローブをなびかせながら姿を見せた。


「アジュール。ケスカ様の様子は?」

「寝ていらっしゃる。侵入者には気づいているだろうがそこは我らの仕事だろう。なぜいつまで放っておくのだ」

「殺さず捕獲しようとしたのですが戦闘人形ドールズ1体では相手にならなかったようなので、次の手を考えていたのです」


 セルブスがそういうとアジュールは苛立った様に顔を歪ませた。


「なぜ捕獲する。殺せばよかろう」

「熟練度の高い冒険者のようだったのでケスカ様の食事にもってこいかと考えました」

「甘いなセルブス。確かにケスカ様の食事を考えるのは重要な事だ。しかしそれでケスカ様の庭を荒らす害虫を放っておくのも問題だ。オーア、その侵入者の周囲にいる戦闘人形ドールズを全員向かわせてさっさと殺せ」


 アジュールがそう口にすると誰もいなかった場所に一瞬光りが爆ぜ小柄な男が姿を現した。


「ん、どうしましたオーア。貴方が姿を見せるとは珍しい」

「セルブス、アジュール。全滅した」

「は? 何を言っている。詳細を話せ」


 オーアは首を振りながらもう一度、それを言葉にした。


「侵入者がいる区域にいる戦闘人形ドールズ34体が全滅した」

「待ってください。一体目の戦闘人形ドールズを倒してまだ数分も経っていませんよ。ヴァート今の話は真実ですか?」

「――事実よ、驚いたわ。アジュールとセルブスが話している間のほんの一瞬で確かに34体分の戦闘人形ドールズが消えている」


 4人の中に静寂が生まれた。かつてここまでこの地を荒らした侵入者がいただろうか。帝国軍隊を退けた時も、冒険者パーティがどれほどこようともここまで損害を出したことは一度たりともなかった。


「ケスカ様に顔向けが出来きませんね。仕方ありません私が行きましょう」


 セルブスはそう言って立ち上がろうとしたがそれを制するようにアジュールが肩を掴んだ。


「なんですかアジュール」

「お前は座っていろ。ケスカ様の庭を汚す虫はこの我が潰す」

「あまり餌たちを殺されても困るのですが」

「人間なんぞ年中発情している獣だ。放っておけばいくらでも増える。それよりはケスカ様のいらっしゃるこの場所を汚す虫を殺すことが先決。異論はあるまい」


 そういうとアジュールは周りを見渡した。他の3人も異論はないという事だろう。そのままアジュールはその部屋の窓から飛び降り遥か下方にある都市を目指して飛んだ。





Side アジュール


 人間を飼っている都市に着地し周囲の魔力痕跡を辿る。ヴァートやオーアの言葉通りならば恐らくは魔法を使い戦闘人形ドールズを殲滅させたのだろう。ならば必ず痕跡が残っているはず。まずは戦闘人形ドールズが一気に消えたという区画へ移動を開始した。

 ちょうどのその区画は確か人間の繁殖場の一つだったはず。同じ人間であればその同胞を助けるためにここに来たのか? 色々と考えが巡るがとりあえず発見し殺すとしよう。背後関係を明確にすべきなのだろうがこのラーゼスに侵入している侵入者は1名だという事は確実な情報だ。ならば深く考えず殺しても問題はないだろう。セルブス辺りがうるさく何か言ってくるだろうが関係はない。


 我の姿を見て跪き祈りをささげる人間たちを無視しこの場所に感じる魔力を感知した。やはり繁殖場にいるようだ。


「ちッ寄りにもよって面倒な場所に」


 繁殖場には14歳から20歳までの男女がいる。獣のように交尾している人間は吐き気さえ覚えるが幸いにも裸で同じ場所に放り込んでおけば勝手に交尾を始めるので比較的管理が楽な場所でもある。

 既に子を孕んだ女もいる頃合いだろうからセルブスの言う通り出来るだけ被害を出さないように始末した方がいいだろう。これが建築作業などをしている現場であれば諸共殺しても構わないのだが、ここ最近は生まれてくる人間の女が減少傾向にあり出来るだけ女は殺したくないというのが本音だ。何よりケスカ様は人間の女を好んで食される。





 石階段を上り繁殖場に辿り着くと入口の前で立っている男がいた。ゆっくりとこちらに振り返るその男から表情はあまり読み取れない。銀髪の髪に黒いローブを着こんだ男。普通の冒険者にはあまり見えない。いやこの我の気配に気づいてもなお逃げず堂々と視線を合わせる事が出来る人間がいるとは思わなかった。


「貴様だな。このラーゼスに侵入した人間は」

「……お前は魔人か。という事は例の吸血種の家臣みたいなもんか」

「無礼者め。我は偉大なるケスカ様より血与えられた選ばれし魔人。血の紋章たちブルート・クルールズの一人アジュールである!」


 漲る魔力から炎が生まれ周囲の草たちが一斉に燃えていく。


「おいおい。ここは樹の上にある都市なんだぞ。燃やしていいのか」

「愚かな。ケスカ様が創造させこの聖樹が眷属である我の炎で燃えるはずがなかろう」


 都合がよい、そう思った。侵入者がこの繁殖場の外にいるのであれば容易に屠る事が出来る。地面を蹴り、音を置き去りにするほどの速度で目の前の侵入者の腹を抉ろうと拳を突き立てた。


「ッ!」


 我の拳に合わせるように同じく拳を握り突き出してくる侵入者。馬鹿が! ケスカ様より血を与えられた我ら血の紋章たちブルート・クルールズはかの魔王直属部隊すら単騎で殴殺できるほどの力を与えられている。そんな我と正面から殴り合いをしようなどッ!


 拳が接触するその刹那。目の前で不可思議な現象が起きた。ぶつかる拳と拳。貧弱な人間がどれだけ魔力を籠めようが我の前では綿も同然。だというのにどうだ。実際に砕けているのは我の拳だった。


「ぬぅぅ!」


 すぐに足に力を入れ停止し後ろに跳躍する。その瞬間目に激しい痛みを感じた。


「”アインス”」

「グアアアアッ!!!」


 間違いない一瞬光りが見えた瞬間に。何が起きたか理解できない。だがこれは間違いなく目の前の男の仕業だ。


「き、貴様何者だ!!! ただの人間ではあるまい!」

「回復するまでの時間稼ぎか? まあいい。俺も聞きたい事があるからな」


 言葉に詰まる。事実ケスカ様の血を与えられているために目が潰れようが拳が砕け散ろうがいくらでも回復できる。その一瞬の間が欲しかった。だが今のやり取りでこちらも分かったことがある。


「今の魔法名から察するに貴様は冒険者ではないな。普通の冒険者なら味方に分かるようにわかりやすい魔法名をつけるはず。しかしお前が今しがた唱えたのは符号名称による暗号化された魔法名。それは戦争などで用いる軍事魔法でよく使われる手法だ」


 対人戦闘を目的とした軍で用いられる魔法名は独特だ。その部隊でしか分からないように魔法名を常に変える所まである。今やつが唱えたのは数字。つまり決まった数字で使用する魔法が変わるという事を指す。


「正解だ。思わず口に出してしまったのが失敗だったか」

「……面倒な」


 そうか。それが奴の狙いか。あえて符号を口にしそれを我に知らせた。ならば今後奴がⅠと唱えたなら同じように目つぶしの魔法が来ると警戒するが道理。だが実際に同じ魔法を使うかどうかは奴次第。Ⅰと唱えて別の魔法を使う事だってありえるのだ。今後奴の言葉はすべて信用できなくなった。しかもどのような魔法を使ったのかすら我には感知できなかったのだ。自然と警戒せざる得ない。

 次第に目が回復し視力を取り戻した。以前と変わらずこちらを無表情のまま見ている銀髪の男。今までの侵入者とは段違いの強さ。いいだろう。


「お前は害虫ではなく正しく我らの敵と認識した。名前を言え」

「――レイド・ゲルニカだ」

「その名……そうか! 貴様が例の勇者か!!! 既に2回魔王を殺した歴代最強の勇者。いいだろうその勇者の身体であればケスカ様はきっとご満足して頂ける」


 もう人間を気にするのはやめだ。ここからは全力で目の前の侵入者、いや勇者を殺しケスカ様に献上してやる。






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