第4話 血の樹ラーゼス1

 ウサラガル大渓谷。東の大陸を横断するかのようにできている巨大な渓谷だ。巨大な魔物が闊歩しており歴戦の冒険者も好き好んで近寄るような場所でもない。だがこの渓谷でしか取れない貴重な鉱石や薬草などもあるため高額な依頼料につられ数多の冒険者がこの渓谷に行き帰らぬ人となる。


 ローブを深く被り口元に布を抑える。風が強く何の装備もなく呼吸すると気管の中に砂が入る事もあるだろう。今回の任務についてもう一度考える。

 真祖の吸血種である魔人の討伐。またそれに組すると思われる都市の破壊と殲滅だ。最大魔力を使い遠距離から攻撃すればすぐに終わる任務だ。それこそ件の都市に近づいてきた今いる場所から狙うこともできる。だが――。



「――洗脳された人間も諸共ね」



 そう王から命令をされた。それだけがどうしても納得できていない。その都市の領主であるケスカという吸血種を倒せば洗脳を解く事が出来ないだろうか。魔法を使った洗脳であれば使用者を殺せば解決するが、もっと根本的な……そうそれこそ生まれたから今に至るまでの日常生活に根付いたレベルの洗脳行為は厄介と言わざる得ない。

 では王の言う通り殺すことが慈悲となるか。分からない。どうすればいい。そんな問答をずっと続けて俺はたどり着いた。



 遥か遠く。このウサラガル大渓谷にに使わない人工物が見えてきた。しかしまさかと思っていたがこれは……。



「――都市というよりだな」




 紅い巨大な大樹。遥か先まで分かたれている大渓谷を跨ぐように根付いた紅色の大樹。その大樹の上にいくつもの建造物が見受けられる。遠目のためはっきりと見えないが作りからすると石と木材を利用して作られた建物が多く並んでいるようだった。




 極力魔力を抑え大樹の根本まで移動した。その巨大な大きさに少々面喰ったが近づくと分かることもある。そっと大樹の幹に手を振れる。そこには確かに魔力が流れている。それも人の魔力ではなく魔人の魔力のようだ。つまりこれは自然に作られた大樹ではなく魔人の手によって作られた樹であるという事。

 これほどの大きさの大樹を作るという魔力量に驚愕する。なるほど確かにこれなら魔王よりも厄介だと言われるのは違いない。俺は大樹から離れゆっくりと周囲の探索をする事にした。入口を探すためだ。気配を殺し周囲を警戒しながら歩いて回ったが入口らしきものがまったく見当たらない。では反対側の渓谷から行ってみるかと思い距離を取って跳躍し同じように大樹に近づいてみたが同様だった。

 その後も3日ほど掛けて周囲を捜索し出した結論としては、この都市には




「どうしたもんかな」


 腕を組み遥か高さに伸びている大樹を見上げる。よく考えれば入口がないのも理解できる。なんせここは普通の都市ではない。魔人の都市も何度か見たが造形は人間の都市とは違うが必ず入口は存在している。だがここは違う。普通の魔人の都市じゃない。ケスカのための都市だ。つまり基本的に出入りする場所が必要なく恐らくだがあの都市ですべてが完結しているのだろう。

 

 少々危険だが仕方ない。身体に魔力を漲らせる。先頭に必要な量ではなくあくまで必要最低限レベルの魔力量に調整だ。その場で少し跳躍し足元に薄い光の足場を作成する。ほんの一歩。それだけ持つ程度の魔力の足場。

 そこが崩壊する前に跳躍しさらに次の足場を作成する。この大樹を普通に登ればそれでいいんだろうがこれは間違いなく普通の樹ではない。念のため不用意な接触はこれ以上避けておこう。


 そうして少しずつ大樹を登っていく。巨大な枝伸び所々に人工物が見える。ある程度上ったところでかなり広い場所に出てきた。そこには様々な形の家が並びよく見ると白い服を着た人間が歩いているのが見えた。

 そっと大樹ではなく石畳の場所に着地しそこから周囲を観察する。なるほどこれは間違いなく都市だ。建造物はここから見えるだけで100を超えておりさらに上の方にも建物が作られているようだ。恐らくこの大樹に合わせて建物が作られているのだろう。白い服をきた人間たちが皆一心不乱に仕事をしているようだ。石を運び木を切断し何かを作っているのだろうか。だが何か違和感を感じる。

 しばらくその様子を見ていたが違和感の正体が分かった。誰もしゃべらないのだ。黙々とそれぞれが仕事をこなしている。それを監督しているような者はいない。自主的に働いているのか、これも洗脳というべき行為のせいか。だが気になるのはそれだけではない。もっとよくこの辺りを見る必要がありそうだ。









「セルブス。侵入者が現れたようです」


 緑色の長い髪に褐色の肌の女性が目の前の老齢の男性にそういった。その言葉を受けたセルブスは少し驚いた顔をする。


「それは本当ですかヴァート。また冒険者ですかね、迷惑な連中だ」

「ええ。どうやって侵入したのか分かりませんが間違いないでしょう。現在ラーゼスにいる人間の数が一人増えておりますので」


 そういって白い髪を手櫛で整えるように指で髪をすくった。白い石造りの部屋の中で椅子に座りながらどうするかセルブスは思案する。腕を組み視線を宙に向け何かを考えている様子だ。彼は愚かにもこの地にやってきた侵入者をどう殺すかを考えた。


「魔力の反応はどの程度ですか」

「以前きた冒険者の半分程度です」

「ふむ、その時の冒険者は確かゴールドランクのパーティでしたね。その半分程度の魔力で一人という事を考えれば隠密行動特化の冒険者という事でしょう。実に愚かだ。このラーゼス内の出来事は我ら”血の紋章たちブルート・クルールズ”の手のひらの上だというのに」


 そういうとセルブスは椅子から立ち上がり視線を窓に向ける。


「聞いていましたねオーア。近くの戦闘人形ドールズを向かわせてください」

「承知した」


 誰もいない空間から声が聞こえる。いつものやり取りだ。ここラーゼスに侵入者が来るのはよくある出来事だ。大抵は大樹に上る前に潰すのだが今回は中々優秀な隠密のようでセルブスは少々興味が出てきた。


「齢が若い人間なら殺さないように。ケスカ様の食事に使いましょう」

「なら向かわせる戦闘人形ドールズは一人の方がいいな。殺してしまう」

「そうしてください」


 最近きたゴールドランクの冒険者パーティは戦闘人形ドールズ5体で容易に殲滅できた。所詮は人間の寄せ集め。いくら上位の魔物を倒せようとも我らの足元にも及ばない。


 戦闘人形ドールズ

ケスカの血を使い強制的に強化された人間たちを彼らはそう呼んでいる。単純な複雑な思考は出来ないが単純な力であればオーガをも超えているここラーゼスの中の雑兵だ。

 






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