第3話 聖女

「いらっしゃい。レイド、さぁそこに座って」


 過度な装飾がされていた王城とは違い、必要最低限の家具しかない広い部屋。ベッドとテーブル、あとは照明器具しか見当たらない。まさに目の前の女の性格がにじみ出ているような歪な部屋だ。


 聖女アーデルハイト・ラクレタ。エマテスベルにおける王に次ぐもう一人の権力者。俺と同じ光魔法の使い手であり、かなりレベルの高い治癒魔法の担い手でもある。見た目は美しい姿をしている。多くの人間はこの容姿の虜になり、頭を垂れるのであろう。なぜか魔法を使用する際に、聖女の後ろに光が射す事から光の聖女なんて呼ばれたりもしている。

 実際は自分で演出のために意味のない光魔法を使い信者へのパフォーマンスをしているだけなのだ。この女は自分がどう振舞えば他人がどう反応するのかをよく理解している。だから皆が求める聖女を演じ、そのために有効な方法であれば何でもするだろう。皆が求めていると分かれば、例え泥だらけの汚れた服を着た奴隷であろうとも何の躊躇もなく、抱きかかえ治癒魔法を使うだろう。

 ただ合理的かどうかで判断している。自分の感情ではなく、どうすればいいのか、それを常に考えそのための選択肢を取ることに躊躇がない。本当に気味の悪い女。それが俺が持つこのアーデルハイト・ラクレタへの評価だ。


「相変わらず何もない部屋ですね」

「必要ないでしょう? 最低限寝る寝具さえあればそれでいいもの。どうせ服なんて用意された物しか着ないのだし、アクセサリーも最低限の物があればそれでいいわ」


 張り付いたような笑顔を見せながら俺に近くの椅子に座るように勧めてくるアーデルハイト。断る理由もないしそのまま言われた通りに椅子に座った。


「それで、どのようなご用件で?」

「あら、冷たいわ。私はただレイドと楽しくお話したいだけなのよ?」

「嘘を言わないで下さい、アーデルハイト。何の理由もなく俺を呼ぶわけがないでしょう。ただでさえ、俺が貴方と会うのを快く思っていない連中は多いというのに」


 聖女アーデルハイトの信者は多い。俺をここに案内したあの執事も、ただの雇った執事ではなく、恐らくは自分から進んで身の回りの世話を申し出た一員なのだろう。今にも俺を殺そうとするほどの殺意をずっと隠していた。まぁ隠しきれてないんだが……。


「ごめんなさいね。でもレイドと話すのが好きなのは本当よ。だって?」

「……そうだね」


 そうだ。俺とアーデルハイトは互いに特別でない。そういう約束を交わしている。どこへ行っても【勇者】としか呼ばれず、俺の名前など初めからなかったかのようにただ兵器としての勇者を望む者たち。また、同じく【聖女】という肩書故に誰からも聖女としての在り方を求められ、自分の人生を全てその役割に捧げたアーデルハイト。

 そのため、最初アーデルハイトと出会った時に持ち出されたのは、互いを特別ではなく、個人として接しようというものだった。そして、その後にこの女の本当の性格を知ったわけだ。


「さて、レイド。貴方、真祖討伐の命令が出たらしいわね。真祖と戦った経験はあったかしら?」

「いや、初めてだ。だが、どうにでもなるだろう。まずは一度現地に行ってみるさ」

「真祖とはこの世界に生き続ける事を定められた歯車みたいなものだから、流石の貴方でも苦戦するかもしれないわよ」


 確かにそうかもしれない。正直俺には戦闘経験が圧倒的に足りない。いや戦った数なら人一倍多いだろう。でも一番苦戦したのは魔王くらいだ。それ以降の魔物の戦いは大体魔法を1発使えば倒せるようになっていた。それじゃ俺自身が強くなったとはいいがたい。そのため、俺自身の評価は魔法だけ強いただの子供という感じだ。不死の強者と戦った場合、確かに苦戦するかもしれない。


「というわけで、です。レイド、?」

「――言っている意味がわからないよ、アーデルハイト」

「そうですか? 世界は広いと言いますが、一つ断言できることがあります。それはレイド。貴方が間違いなく世界最強の人類だという事です。これ以上の強さを持つもの人間はここ数年、いやもしかしたら数百年は出ないかもしれません。そんな貴方と聖女である私の間に子が成れば、どうなるか。面白いと思いませんか? もしかしたらレイド以上に強い人間が誕生するかもしれませんよ」


 嬉々として話すその内容に寒気がする。アーデルハイトは俺という人間も自分という人間も能力でしか見ていないのだろう。互いに特別じゃないと言いながらも一方では自分たちは特別だと理解しているその矛盾した言動にどうしてもついていけない。理屈はわかる。確かに勇者である俺と聖女として能力の高いアーデルハイトの間に子供が出来れば、恐らく才能溢れる子が生まれる可能性は高いだろう。

 だが、それだけだ。冗談で話す話なら分かる。馬鹿話をするなで終わりだ。だが、この女は本気だ。明らかに目が据わっている。そしてこの話をした理由は恐らく――真祖との闘いで俺が死ぬ可能性があると考えているからだろう。その前に、俺が生きている間に貴重な子種を貰っておこうという所か。


「そんなくだらない話だけなら帰らせてもらうよ。寄りたい所もあるからね」

「あら、失礼ね。本気よ、私は――」

「なら余計だ。そういう相手が欲しいなら今度紹介してあげよう。そうだ冒険者のランドルとかどうだ? そこそこ強いぞ」


 俺がそういうとアーデルハイトはどこか呆れたような顔をする。


「いやよ。それじゃ普通の子供しか作れないじゃない。今後の事を考えると強い人類は必ず必要になるわ。レイド、貴方は確かに最強よ。でも何が起きるかなんて誰にも分らない。もし、貴方が居なくなってしまったら、恐らくその次の魔王で人類は壊滅状態になるわ」

「何を言っている? 俺が死んでも次の勇者が生まれるだけだろう」

「違うわ。そうじゃないの。確かに勇者は代を重ねるごとに強くなっているけど、それは勇者として授かる力が強くなっているだけ。それを受け取る勇者自体が強くなっているわけじゃない。貴方の場合は勇者としての力を授かる前から既に人智を超えた力を持っていたと賢者ヴェノから聞いているわ。だから気になって前回と今回の魔王の力の差を調べてもらったの」


 なんだ、アーデルハイトは何を言っている?


「いい。貴方が5歳の時に倒した魔王と15歳の時に倒した魔王では力の強さが倍以上あるわ。これは歴代の魔王の強さと比べると明らかにおかしいの。恐らくだけど――」

「もういい。安心しろ。俺もそう簡単に死ぬつもりはない。それでいいだろう。なに、うまくやるさ」


 もうたくさんだ。アーデルハイトの言っている事がよく理解できない。ただ生まれた魔王を倒す。それでいいだろう。なんせそれだけが俺に望まれたただ一つの願いなんだから。

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