第54話

 ドラゴン退治の表彰を王都で受けたケヴィンたちは、その後日、慣れ親しんだいつもの街へと向かって帰還の途についていた。


 その際、四人は観光がてら少し大回りをして、いろんな街を見て回ることにした。


 ドラゴン退治の賞金などにより懐に余裕があったため、なかなかに快適な旅路である。

 その地のおいしいものを食べ、特産品を見て回るなどして、旅の道を満喫していた。


 一行は今、その大回りな帰路の途上にある、とある村の近辺を歩いていた。


 魔導士の少女ルシアが、往く道の右手に広がる丘の上の森を指して、その知識を披露する。


「あの森は昔、『一角獣の森』と呼ばれていたそうです。聖獣ユニコーンがたくさん棲んでいたそうですよ」


「ユニコーンか! ワウも部族の長老から聞いたことがあるぞ。頭に長い角が生えた白い馬だ。悪いやつはその角で突き刺されたり、蹴とばされたりするんだ。すごく強いって言ってたぞ!」


 そう嬉々とした様子で答えるのは、狼牙族の少女ワウだ。


 一方では、盗賊の少女ジャスミンが苦笑しながら応じる。


「そらまあ、ユニコーンっていったら確か、モンスターランクBやろ。ミノタウロスでもCランクなんやから、強いっちゃ強いわな」


「ですね。でも普通、ユニコーンといって真っ先に浮かぶのは、そっちじゃないですよね」


 ルシアがくすくすと笑う。


 ジャスミンもまた「そやな」と同意した。

 ワウは口をとがらせ、憮然とした顔になる。


 そこにケヴィンが、口を挟んだ。


「ユニコーンというと有名なのは、その角に宿した万能の治癒能力と、純潔な乙女を好む性質でしょうか」


 聖騎士見習いの少年がそう言うと、ルシアとジャスミンの二人が少年をまじまじと見て、目を丸くした。


 ケヴィンは首を傾げる。


「あ、あれ……? 俺、何か間違ったこと言いました?」


「いや……間違ってはないんやけどな。ぴゅあっぴゅあな少年の口から『純潔な乙女』とかいう言葉が出てきたから、ちょっとびっくりしたなってだけで」


「え、ええ。間違ってはいないです。私もジャスミンさんと同じで、驚いただけで……はい、言っていることは合っています。どこもおかしくありません、ええ」


「……???」


 なおも首を傾げるケヴィン。

 その隣で、一緒に首を傾げるのはワウだ。


「ジュンケツなオトメって何だ? お尻か?」


「ちゃうちゃう、おケツは関係ないわ。『純潔な乙女』っちゅうのは、ワウに分かりやすく言うと、まだオスと交尾したことのないメスのことやね」


「ほー。交尾したことがないメスは、ジュンケツなオトメなのか。じゃあワウはジュンケツなオトメだな。ジャスミンとルシアも、ジュンケツか?」


「ま、まあ、そやけどな……」


「うーん……間違ってはいないんだけど、間違ってはいないんだけど……」


 ジャスミンとルシアは、頬を赤らめて頭を抱えてしまう。


 一方でケヴィンもまた、自分が口に出した言葉の生々しい意味をようやく理解して、こちらも頬を染めて恥ずかしそうにしていた。


 そんな中、ルシアがこほんと咳払いをして、話題を逸らすかのように知識披露を再開する。


「でも一時期──今よりもだいぶ昔の話ですけど、人間たちの手でユニコーンの乱獲が起こって、その幻想的な姿の聖獣たちは人々の前から姿を消したと言われています。人の過ちの歴史ですね。今ではユニコーンは、仮に発見されても禁猟対象となっています」


「まあ言うて、万病を癒すと言われとるユニコーンの角は、今でも闇ルートで取引されてるみたいやけどな」


 そう付け加えるのは、裏社会事情に詳しいジャスミンだ。


 こういった話を聞いていると、ケヴィンとしては、やはり先輩冒険者たちは頼りになるなと思うところだった。


 彼女たちはケヴィンが知らないことを知っているし、ケヴィンが持ち合わせていない技術を持っている。


 ワウに関しては、ケヴィンと戦闘時の役割が被ることもあっていろいろと貧乏くじを引いている感じはあるが、それにしたって彼女がいなければ、ケヴィンはブラックドラゴン戦で命を落としていたかもしれない。


 彼女たちは皆、気のいい先輩であるし、欠かせない仲間でもあるとケヴィンは考えていた。


 ──と、そんなときだ。


「ん……?」


 盗賊のジャスミンがふと、耳を澄ませる仕草をした。


 こんなときはたいてい、何か異常が迫っている知らせだ。

 ケヴィンたちは静かにして、ジャスミンの次の反応を待った。


 ジャスミンが、右手の丘の上に広がる森へと視線を向けるのと、ほぼ同時──


 その森の奥から、一人の少女が飛び出してきた。


「た、助けてください!」


 そう言って、少女はケヴィンたちの方へと向かって丘を駆け下りてくる。

 少女はひどく息切れしているようで、今にも倒れてしまいそうだった。


 その少女よりやや遅れて、もう一人、森の奥から姿を現したものがいた。


 そちらもまた少女の姿をしていたが、その容姿はやや特徴的だった。

 浅黒い肌をしたエルフの少女だ。


「ダークエルフ……!?」


 ルシアが驚きの声を上げる。


 ダークエルフの少女は、黒塗りにした革鎧レザーアーマーを身に着けているほか、短弓ショートボウ短剣ダガーなどを装備していた。


 そして何より、手には身の丈よりやや短い程度の長さの短槍ショートスピアを持っていた。


 ケヴィンたちに向かって逃げてくる少女に対して、彼女が何らかの危害を加えようとしていたことは間違いない。


 ダークエルフの少女はケヴィンたちの姿を見て、戸惑いと躊躇いの様子を見せた。


 だがすぐに、次の動きを見せる。

 その手の槍を振りかぶり、投擲の動作を見せたのだ。


 瞬時に状況を判断したケヴィンが、すぐさま地面を蹴った。


 ダークエルフの少女が、槍を投げる。

 槍は逃げてくる少女に向かって、狙い過たず飛来した。

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