第55話
間一髪、ケヴィンの防御が間に合った。
少女の前に飛び出たケヴィンが、飛んできた槍をその手でつかみ取ったのだ。
少年は手にした槍を、すぐさま地面に捨てる。
それを見たダークエルフの少女は、目を丸くした。
「嘘でしょ……!? 投げ槍をつかんで止めた……!? くそっ……!」
ダークエルフの少女は、次には腰から短剣を引き抜き、ケヴィンのほうに向かって駆けてきた。
その動きは素早い。
あっという間にケヴィンの目の前まで滑り込んでくると、手にした短剣を突き出す仕草を見せる。
だが迎え撃つケヴィンは、その動きがフェイントであることを見抜いていた。
ダークエルフの少女は、短剣攻撃をすると見せかけて身を翻し、ケヴィンの横をすり抜けようとする。
狙いはあくまでも、逃げてきた少女だという動き。
フェイントに騙されなかったケヴィンは、その少女の進路を妨害し、少女の両手首をつかんで止めた。
「なっ……!?」
驚きに目を見開いたダークエルフの少女は、そのまま力ずくでケヴィンに押さえ込まれた。
ジタバタと暴れても少年の力は強く、抜け出すことはできない。
蹴りで攻撃してもケヴィンは軽く防御し、今度は脚を引っ掛けられて転ばされる始末。
最後には地面に押し倒された姿勢で、ダークエルフの少女は完全に動きを封じられてしまった。
「くっ……! 放せっ、このっ……!」
「放せませんよ。ジャスミンさん、ロープで拘束を」
「ほい来た。それにしてもまあ、少年は相変わらず、見事なお手並みで」
そうしてダークエルフの少女は、あっという間に捕縛、ロープで拘束されてしまった。
ロープでしっかりと縛られたダークエルフの少女は、少しの間だけ鼻息を荒くしていたが、やがてあきらめたのか大人しくなった。
ひと仕事を終えたケヴィンは、一つ息を吐き、逃げてきた少女へと向き直る。
「それでは、事情を説明してもらえますか?」
一方の少女は、呆けたようにケヴィンたちの手際を見ていたが、はたと思い出して頭を下げた。
「あ、ありがとうございます! ……あの、厚かましいことは分かっています! でも、もう一つお願いがあります! どうかルイスを助けてください! お願いします!」
「ルイス……? というのは──」
「ユニコーンです! 私の大切な友達なんです! 悪いやつらに──ダークエルフに襲われていて……!」
「ユニコーン……!?」
その言葉に、さすがのケヴィンも驚きを隠せなかった。
***
急を要すると言うので、走って移動しながら話を聞くことになった。
逃げてきた少女は、自らをエイミーと名乗った。
体力を消耗しすぎていたエイミーには、ケヴィンが疲労を回復する神聖術を行使した。
拘束したダークエルフの少女は、置いておくわけにもいかないので、ケヴィンがお姫様抱っこで抱えて運ぶことにした。
それにはルシアが「いいなぁ」とつぶやいて物欲しそうに指を咥えていたが、ケヴィンは不思議そうに首を傾げていた。
ちなみにケヴィンは、ダークエルフの少女一人を抱えながらでも走る速度にまったく遜色はなく、先輩冒険者たちを呆れさせた。
逃げてきた少女──エイミーは、森の中を走ってケヴィンたちを誘導しながら、事情を話した。
彼女の友達であるユニコーンが、ダークエルフの武装集団に襲われていたのだという。
エイミーの願いは、襲われている友達を助けてほしいというもの。
だがエイミーが状況を発見したときからは、すでに数分以上が経過しており、手遅れの可能性をジャスミンは指摘した。
加えて、Bランクモンスターであるユニコーンを相手にできるのだとしたら、そのダークエルフ武装集団の戦力は相当なものだということも。
またケヴィンたちにとっては、エイミーの「お願い」は引き受けるだけの十分なメリットがないものであった。
ただの村娘にすぎないエイミーには、冒険者たちを動かすに足るだけの十分な報酬は用意できない。
だがケヴィンをはじめとしたお人好し集団には、そこはあまり大きな問題ではなかった。
今は懐具合にも余裕があるし、禁猟対象であるユニコーンが攻撃されているならそれも見過ごせないとなって、彼らは行動に移った。
だがユニコーンが襲われていたという現場へとたどり着くと──
「そん、な……」
エイミーが、がくりと膝をつく。
そこはすでに、もぬけの殻だった。
血が地面に散乱しているほかは、ユニコーンの姿も、ダークエルフの姿も見当たらない。
その状況が示すのは、すでに事が終わっているということ。
ユニコーンは敗北し、ダークエルフたちはすでに引き上げたのであろう。
だが現場検証を始めたジャスミンは、こう口にする。
「……妙やね。ユニコーンの角が欲しいだけなら、角だけ切り落として本体はここに置いていくはずや」
それに応じたのはルシアだ。
「それなのに、わざわざ重たいものを運んでいったなら──ですか」
「ああ。まだユニコーン本体が生かされとる可能性はあるね」
「本当ですか……!?」
その希望にすがりついたのはエイミーだ。
ジャスミンはユニコーンの友人に向かって、曖昧に微笑む。
「生きとるって確証もないけどね。──台車を使って運んどるし、その痕跡を消してもいない。これなら簡単に追えるよ」
「まだそんなに時間がたってないんだから、遠くには行っていないはずだ! すぐに追いかければ、きっと追いつけるぞ!」
そう付け加えたのはワウだ。
エイミーは涙ながらに、何度も頭を下げる。
「お願いします! ルイスを助けてください! 助けていただけたら、私にできることなら何でもしますから……! お願いします!」
それにケヴィン、ルシア、ワウのお人好し三人組は、さしたる報酬も期待できないその願いに、躊躇いなくうなずいた。
ジャスミンもまた、仲間たちの底なしの善良さに呆れて肩をすくめるポーズをとりながらも、まんざらでもない様子で同行を伝えた。
ダークエルフの少女は、連れていってもいろいろと面倒そうなので、エイミーと共にこの場に置いていくことにした。
そうしてケヴィンたちが、台車が移動した痕跡を追いかけること、しばらく──
やがて冒険者たちは、ダークエルフの密猟者たちに追いついたのだった。
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