第47話 黒竜
誇り高きブラックドラゴンの一頭であるグリムバラージェの身には、つい最近、不愉快な出来事が襲い掛かっていた。
グリムバラージェは竜族の多分に漏れず、巣穴に財宝を貯め込むのが大好きだ。
彼は愚かな人間どもを殺して得た財宝を、百年以上かけてこつこつと貯め続けてきた。
グリムバラージェは自らが集めた財宝を眺めるのが、何よりの趣味であった。
その財宝のひとつひとつが、自分が殺した人間どもの証だと思えば、心がささくれ立っているときでも穏やかな気持ちになれた。
グリムバラージェは、矮小で脆弱な人間などという生き物が栄華を誇っているのを見れば、たいそう不快に感じた。
あんな連中が我が物顔で大地にのさばっているのは、とうてい我慢がならない。
だからグリムバラージェは、気が向いたときには人間の集落を襲い、愚かな人間どもを殺して回っていた。
だがあるとき、そんなグリムバラージェの巣穴に、人間の強盗が押し入ったのだ。
強盗どもは五人で徒党を組んでいたが、いずれも信じられないほど強い人間だった。
剣を巧みに扱う人間や、魔法を自在に操る人間などがいて、連携してグリムバラージェを襲った。
グリムバラージェは強盗どもを相手に、懸命に戦った。
力ある咆哮によって恐怖を与え、爪で引き裂き、牙で噛みつき、尻尾を叩きつけ、酸のブレスで溶かし爛れさせた。
強盗どもは強かったが、グリムバラージェも当然ながら強い。
死闘の末に、五人の人間のうち一人を殺した。
だがグリムバラージェが受けた傷のほうが、より甚大だった。
片目を潰され、前足の一つを剣で貫かれ、腹を稲妻に撃たれ、ほかにも幾多の重傷を体じゅうに負った。
グリムバラージェは憤懣やるかたない想いで、巣穴を飛び出した。
不幸中の幸い、翼を裂かれてはいなかったため、どうにか強盗どもの魔の手から逃げ延びることができた。
グリムバラージェは安全な地を見つけ、しばらくそこで傷が癒えるのを待った。
そして頃合いを見計らって、巣穴に戻った。
だが巣穴の財宝は、残らず奪われていた。
グリムバラージェは激怒したが、もはやそこに強盗どもの姿はない。
彼は巣穴を発った。
心機一転、どこか別の地でやり直そうと決めた。
グリムバラージェは新たな巣穴となる場所を探す途中、いくつかの人間の集落を攻撃し、そこにいた人間どもをなるべくたくさん殺した。
人間どもには、彼の財宝を奪った報いを受けさせなければいけない。
一人でも多くの人間を殺すことが、彼の傷ついた心を癒すことに繋がった。
グリムバラージェは経験上、石造りの壁に囲まれた「都市」なるところには強い人間が多いことを知っていたので、より小さな「村」と呼ばれる人間の集落を重点的に攻撃した。
そのようにしてあちこちを跳び回っていたら、彼はようやく、巣穴に使えそうな手頃な洞窟を発見した。
山の中腹にあった洞窟はなかなかの大きさで、彼の快適な住居になってくれそうだった。
ところでグリムバラージェは、新たな巣穴のすぐ近くに、人間の集落がひとつあるのを発見していた。
だが巣穴にたどり着いたその日、彼はもう飛ぶのにも疲れていたので、あの集落の人間どもを殺すのは明日の楽しみにとっておこうと考えた。
翌朝。
グリムバラージェは巣穴を飛び立ち、昨日見つけた人間の集落へと向かった。
彼は大空を飛びながら、人間どもが恐怖し逃げ惑う様を想像して、愉悦に心を躍らせる。
弱い人間が自分の爪に身を引き裂かれ、苦悶し泣き叫ぶ姿を見るのも、彼にとっては心のごちそうだった。
だが村の上空近くまで来たとき、グリムバラージェは一つの異変に遭遇する。
それはとても不可思議な光景だった。
一人の人間の少年が、グリムバラージェら竜族と同じように空を飛んで、彼の方へと向かってきたのだ。
グリムバラージェはその不遜さに憤った。
地を這っていなければならない人間ごときが、自分たち竜族の真似事のように大空を自由に飛び回るなど、許していいことではない。
しかもそいつは、剣と盾を手にした姿で、たった一人でグリムバラージェに向かってくるのだ。
何を勘違いしているのか知れないが、思い知らせてやらなければならない。
今すぐその肌を溶かし尽くして、殺してやろう。
グリムバラージェは少年に向かって、自らの最強の武器である酸のブレスを吐き出し、攻撃を仕掛けた。
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