第48話 決戦(1)

 早朝。

 ドラゴン飛来の報を受けたケヴィンたちは、慌ただしく戦闘準備を行っていた。


 隠れている建物の陰から顔を出し、ドラゴンを視認していた盗賊ジャスミンが、その場にいるほかの冒険者たちに伝える。


「いよいよ近くまで来よった……! ドラゴン、もうちょいで村の上空に到達するよ!」


「よぉし……! これが、ボクが使える最高の補助魔法で、とっておきだ。かの者に比類なき敏捷を──超加速ヘイスト!」


 魔導士ローナの最後の補助魔法が、ケヴィンに付与される。


 これでケヴィンに与えられた補助効果バフは、全部で八つになった。


 少年は体の感触を確かめつつ、仲間たちに告げる。


「じゃあ、行ってきます」


「ケヴィン、任せたぞ!」

「お願いします、ケヴィンさん!」

「頼んだぜ、坊主」

「少年、無理しすぎるんやないよ」


 仲間たちから口々に激励の声をかけられたケヴィンは、彼らに向かって一つうなずくと、建物の陰から飛び出した。


 その背中に、ローナの声が飛んでくる。


「最後の確認! 超加速ヘイストの効果時間は六十秒! 切れたら反動で疲労が来るから、それまでに何とかしないとアウトだよ!」


「分かってます!」


 ケヴィンは地面から飛び上がり、上空へと浮上していく。

 ローナから付与された飛行フライの魔法の効果だ。


 そのときには、ドラゴンはもうだいぶ近くにまで迫ってきていた。


 ケヴィンは自らも飛行速度を上げ、剣と盾を構え、巨大なブラックドラゴンへと立ち向かっていく。


 ケヴィンが考えた作戦は、ある意味でシンプルなものだった。


 モンスターランクA+を誇る壮竜アダルトドラゴンの攻撃力は莫大だ。


 村人たちはもちろん、冒険者でも並みの実力者では、一撃を受けただけで命を落としかねない。


 矢面に立って、かの敵とまともに戦えるのは、ケヴィンただ一人。


 だから補助効果のある魔法や神聖術をケヴィンに集中させて、単騎突撃する。

 それがこの作戦の要であった。


 少年に付与された補助効果は八つ。


 魔力武器エンチャントウェポン神聖武器ディヴァインウェポン神聖鎧ディヴァインアーマー祝福ブレッシング勇敢ブレイブハート酸防護アシッドプロテクション飛行フライ超加速ヘイストだ。


 仲間たちからの支援と期待を一身に受けて、ケヴィンはドラゴンに向かって突撃していく。


 数秒前はやや遠くの上空にいたブラックドラゴンの巨体が、その大きな翼を羽ばたかせながら、ぐんぐんと迫ってきていた。


 少年は自らの体もドラゴンに向かって飛行させながら、静かに闘志を燃やす。


(制限時間は一分。それまでにどうにかする。まずはあいつの翼を潰すこと)


 ドラゴンの翼を引き裂いて、飛行能力を奪う。

 ケヴィンが自身に課した第一課題だ。


 あと数秒で接触する。

 ケヴィンは剣に神聖力を通わせようとして──


「……っ!」


 だがその前に、盾を体の前に構えて、そちらに神聖力を集中させることになった。


 ドラゴンがその大きな口を開き、ケヴィンに向かって酸のブレスを吐き出してきたのだ。


 広範囲に吐き出された酸の完全回避は不可能。

 そう判断したケヴィンは、盾を構えてまっすぐに突進した。


「ぐっ……! ──おぉおおおおおおおっ!」


 強力な酸の直撃を受けて、強い神聖力を宿したはずの盾が、表面から溶け落ちていく。


 ケヴィン自身の体にも、少なからぬ酸を浴びていく。

 あちこちの衣服が溶け、肌が焼け爛れていくが、少年は苦痛に耐える。


 酸のブレスがやむ。


 ケヴィンが受けたダメージは小さくはなかったが、酸防護アシッドプロテクションによる防御効果もあり、致命傷には至っていない。


 そのときには、ドラゴンの巨体が目前まで迫っていた。

 交差タイミングは一瞬。


「──はぁあああああっ!」


 神聖力を宿したケヴィンの剣が、半月のような残光とともに一閃。


 とっさに回避行動をとったブラックドラゴンの胴体、脇腹と呼べるあたりをそれなりに深く断ち切った。


 黒光りする竜の鱗は鋼のように硬かったが、ケヴィンの剣は魔法と神聖術により二重の強化を受けており、なおかつ彼自身の聖撃ホーリーストライクの効果もあれば斬り裂けないものではなかった。


 だが──


「外した……!?」


 ドラゴンの脇をかすめて通り過ぎたケヴィンは、空中で急速にUターンしながら悔しさをにじませる。


 狙いは翼だったが、ドラゴンの回避行動のせいで狙いが逸らされていた。


「そうそう思い通りにはさせてくれない……! だったらもう一度──ぐぅっ!」


 ──グォオオオオオオオオッ!


 ドラゴンの激しい咆哮が、追撃を仕掛けようとするケヴィンに襲い掛かった。


 ドラゴンの咆哮には、弱者の心に強制的に恐怖を与え、立ちすくませる力があるのだ。


 だが──


「ぐっ──そんなもの!」


 ケヴィンは咆哮の力を、その精神力をもって弾き飛ばす。


 少年には神聖術の一つ、勇敢ブレイブハートの効果によって、恐怖を与える効果への強い耐性が与えられていた。


 ケヴィンはその勢いで、再びドラゴンに斬りかかる。


「……っと!」


 ドラゴンの巨大な鉤爪が豪速で襲い掛かるが、ケヴィンは超加速ヘイストの効果もあってかろうじて回避、うまくかいくぐることに成功。


 そのまま相手の懐を縫うように鋭く飛行して、一瞬でドラゴンの左翼に肉薄。


「これで──!」


 ケヴィンの神聖力を宿した剣が、ドラゴンの翼を大きく断ち斬り、引き裂いた。

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