第46話 依頼人はワシだ

 ハロルドは広場に歩み出てくると、盛り上がっていた冒険者たち──特にケヴィンのことをぎろりと睨みつける。


「街を出立する前に確認したはずだぞ。お前たちは道中、ワシの指示に従わなければならんとな。お前たちにはワシを無事に街まで送り届ける責務がある。違うかね?」


「で、でも……!」


 ケヴィンは反論しようとしたが、言葉は出てこなかった。


 クエストの契約は正しく成立しており、ハロルドが言っていることは適正だ。


 ケヴィンの気持ちが今どこに向かっていようと、一度交わされた契約を「想い」によって勝手に破るのは、冒険者としての信義則に反するものだ。


 ハロルドはもう一度、ケヴィンを詰める。


「お前たちはここで、ワシに断りもなく勝手に命を落としてはならん。そうだな?」


「…………」


 ケヴィンは黙るしかなかった。


 ハロルドが言っているのはある種の正論だが、少年の心はそれを受け入れられなかった。


 だからひとたび黙った後、彼はハロルドに向かってこう切り返した。


「ではハロルドさん。俺たちに指示を出してください。ドラゴンを討伐しろと」


 それはケヴィンの苦肉の一手。


 無断で行うのがダメであれば、依頼人から許可をもらえばいいという道理。


 だがハロルドは、にべもなく返す。


「それはできんな」


「どうしてですか! ハロルドさんだって、この村がなくなったら困るはずです! だったら──」


「ああ、言うとおりだ少年。だがワシが護衛依頼として払う金では、お前たちにドラゴン退治をしろなどと指示することはできん。それは払う金に見合った仕事内容ではないからな」


 そしてハロルドは口元をニヤリと歪ませると、懐から大きめの巾着をひとつ取り出した。


 彼は巾着の口を広げて、その中身を冒険者たちに見せつける。

 中にはたくさんの黄金──金貨が詰まっていた。


 ハロルドは巾着の中の黄金を見せびらかしながら言う。


「では冒険者諸君、新たな契約をしようか。ワシは諸君にドラゴン討伐を依頼しよう。金なら出す!」


「「「へっ……?」」」


 唖然とする冒険者たち。

 ハロルドは言う。


「この少年の言うとおりだ! この村に壊滅されてもらっては、ワシが困る。今後ともたっぷりと儲けさせてもらう予定なのだからな。そもそもドラゴンごときにワシの商売の邪魔をされるのは、我慢がならんのだ!」


「「「はあ……」」」


「ふんっ、愚かなドラゴンめ。ワシの商売の邪魔をしようというなら覚悟をしておけ。ワシを敵に回したことを後悔するがいい。ワッハッハ!」


 一人で盛り上がるハロルド。

 ジャスミン、ルシア、ワウが呆れた様子でつぶやく。


「やっぱりあのおっちゃん、ただのいい人なんとちゃうか……?」


「ええ、ただのいい人ですね」


「あいつ、ただのいいやつだな!」


「──ただし!」


 ハロルドは叫んで、巾着の口を閉じて見せびらかしていた黄金を隠す。

 そして彼は、冒険者たちに向かって言い放った。


「この依頼には条件がある! 冒険者諸君は、必ず生きてドラゴン討伐を成し遂げるのだ! お前たちが死んでしまっては、ワシを街まで護衛をする者がいなくなってしまうからな! ワッハッハ!」


「「「やっぱりただのいい人……」」」


 冒険者たちの依頼人に対する評価は、「ただのいい人」で確定していた。




 そうして満場一致で、ケヴィンたちがドラゴン討伐を行うことに決定した。


 もっともそれは本来、あくまでも保険のようなもの。


 国に救援要請を出した上で、救援部隊が到着するよりも早くドラゴンが村を襲ってきた場合の対応の話であったが──


 運命が因果を歪めるのか。


 果たしてドラゴンは、翌朝に村へと向かって飛んできたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る