第29話 明らかにおかしいですよね

 小一時間ほどの後。


 廃神殿内の探索をひと通り終えて、グール討伐を果たしたケヴィンら一行だったが。


 彼らは最後のグールの群れを討伐したフロアで、首をひねっていた。


「……妙やな。あいつらが動き回ってる気配がまったくないって、どういうことよ」


「鉢合わせにならないだけならまだしも、戦闘音の一つも聞こえてこないのは、明らかにおかしいですよね……」


 ジャスミンの言葉に、ルシアが同意する。


 小一時間も神殿内を探索していたのに、ナイジェルらのパーティと一度も遭遇しないし、近くにいた気配すらない。


 それは普通、考えづらいことだった。


「足跡を見ても、連中が動いている気配が一つもないんよ。まるであいつらが、この神殿に最初から一歩も入っとらんような感じや」


「じゃああいつら、ワウたちに全部のグールを倒させようとしたのか?」


 そのワウの言葉には、ルシアが首を横に振る。


「そうだとしても分からないの。そんなことをしても、彼らには何の得もないもの」


 神殿内のグールは、すでにケヴィンたちの手で根こそぎ討伐されたと見て間違いない状況だ。


 グールの討伐数で競う勝負は、ケヴィンたちの勝利となるのが目に見えている。


 となればクエストの報酬はケヴィンたちの総取りとなり、土下座で謝罪もしなければならないナイジェルらには良いことが一つもない。


 ゆえに彼らがそんなことをするとは考えづらい──というのが、ルシアらの視点だった。


 ジャスミンが口元に手を当て、思案する。


「まあでも、何か漁夫の利を狙われてる感じはあるな。うちらにグール討伐をさせて、やつらが報酬だけ丸儲けするためには、どうしたらいい? 血判までして誓約したものを反故にするのは難しいし──ってまさか、うちらを亡き者にしようとしてる!?」


「ま、まさか……!? いくら何でも、それは……ううん、でも……」


 ジャスミンとルシアの思考が、やや的を外しながらも正解にたどり着いた。


 一方でケヴィンは、目を丸くする。


「冒険者同士でそういうことって、あるんですか……?」


「うーん……なくはない、ってところやね。こういうクエストではあまり聞かんけど、ダンジョンに潜ってお宝を手に入れたときなんぞには、帰り道に気をつけろとはよう聞くわ」


「ですね……。ダンジョン探索で力を使い果たした帰り道の冒険者を襲って、労なくして宝物だけ手に入れようという輩がいるからと」


「街に帰るまでが冒険です、ってやつやな。もっともダンジョンのお宝狙っての一攫千金の話やから、クエスト報酬目当てでそんなことをやるか? とは思うけどな」


 冒険者が「ダンジョン」と言った場合、古代遺跡のことを指すのが一般的だ。


 古代遺跡には、現代では製作不可能なマジックアイテムなどさまざまな「財宝」が眠っている可能性があり、それを目当てに冒険者たちが命懸けの探索を繰り広げるのだ。


 運が良ければ一生遊んで暮らせるほどの財宝が手に入ることもあるダンジョン探索だが、古代遺跡ではどんな脅威が待ち受けているかも分からないため、きわめて危険度が高い。


 そういった種類のものであれば、冒険者が冒険者を襲うようなこともあり得るというのが、ジャスミンやルシアが言った話だ。


「いずれにせよ、一歩でも街の外に出たら、そこはもう法治の及ばない無法地帯ってことな。そういうこともあると思って動いたほうがええわ」


「ん……? それは少し違うはずですけど……あ、でも今は関係ないか。すみません、何でもないです」


 ケヴィンが何か口を挟もうとしたが、すぐに引っ込める。

 ジャスミンは首を傾げたが、ひとまず流された。


 一方でワウは、今にも痺れを切らしそうになっていた。


「うーっ、ワウは難しいことを考えるのは苦手だ。でもあいつらは、悪いやつらな気がするぞ!」


「う、うん。それは私もそうなんだけどね……?」


 ルシアが苦笑する。

 ケヴィンが話をまとめに入る。


「いずれにせよ、その可能性を想定して動くべきということですね」


「そうやね。やつらとの正面衝突の可能性か……。ルシア、あいつらの戦力構成をひと通り教えてくれるか?」


「分かりました。まずナイジェルさんは大剣使いの剣士で──」


 ルシアが説明したナイジェルらのパーティの戦力構成は、こういったものだ。


 ナイジェル、大剣使いの剣士、冒険者ランクはC。

 キャシー、女盗賊、冒険者ランクはC。

 グレアム、チンピラA、斧使いの戦士、冒険者ランクはD。

 ダリル、チンピラB、弓使い、冒険者ランクはD。


 それを聞いたジャスミンがつぶやく。


「ナイジェルともう一人、Cランクがおるんか……厄介やな。でもそらそうか。でないとD+のクエストは受けれんもんな……」


 四人パーティでD+ランクのクエストを受けるには、冒険者ランクがC、C、D、D、あるいはそれに相当するパーティ構成が必要となる。


 ナイジェルらのパーティにCランクが二人いるのは道理であった。


「けどパーティバランスが悪いぞ。魔導士も神官もいない」


「うん。だから私をパーティに引き入れたかったのもあるんだろうし」


「付け入る隙はありそうやけど、向こうには『爆炎のジュエル』もあると想定して動いたほうがええな。──さて、少年。どう思う? 勝てそうか?」


 ジャスミン、ルシア、ワウの視線が、ケヴィンへと集中する。


 ケヴィンは少し考えてから、こう答えた。


「まずは向こうの真意を確認したいですね。俺たちの方から決めつけで攻撃するのは良くないです。俺がまず炎熱防護ヒートプロテクションの神聖術をかけますから──」


 そうして作戦会議が済んだところで、ケヴィンたちは神殿の出口前に集合。


 補助魔法や神聖術等の事前準備が済んだところで、互いにうなずき合い、作戦通りに神殿の外へと出ていった。

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