第24話 お金がない

 それから数日後の、早朝。


 いつものように冒険者ギルドへと向かうケヴィンたち一行には、少し元気がなかった。


 なかでも盗賊のジャスミンは、特に萎れていた。


「あかん、金がない……仕事もない……今日もいい感じのクエストがなかったら、うち干からびるわ……」


 がっくりと肩を落としてトボトボと歩くジャスミンには、いつもの陽気さはない。

 一気におばあちゃんになったかのような萎れぶりだった。


 その姿を見て、一緒に歩くワウ、ルシア、ケヴィンの三人があきれた様子を見せる。


「ジャスミンは博打をするからいけないんだ。ワウはお金を大事に使うから、まだ残ってるぞ」


「うぐっ……! だ、だって……あれは勝てると思ったんよ! 張りどころは間違ってなかったはずなんよ!」


「全然反省してないですね……。でも確かに、そろそろ仕事が欲しいですよね」


「そう、それよルシア! それもこれも全部、ちょうどいい感じのクエストが見つからんのが悪いんよ!」


「うーん……最終的には、新人冒険者向けの安い仕事を受けさせてもらうしかないかなぁ……」


「いやや~! 貧乏は嫌や~! ケヴィン~、うちと結婚して、うちのこと養って~!」


「え、えぇっと……それはちょっと……」


「うわぁあああんっ! 少年にまで見放されたぁ~! うちはもう身売りするしかないんや~!」


「極端だなぁ……」


 冒険者はいわゆる自由業フリーランスである。


 雇われ人のように毎日安定した収入があるわけではなく、仕事クエストがないときには収入はゼロになる。


 ケヴィンたちのパーティは、かれこれ一週間ほど、手頃なクエストを見付けられずにいた。


「せめてDランクのクエストが受けられれば、選択肢はかなり増えるんですけどね」


 ルシアがそう言って苦笑する。


 Dランクのクエストを受けるためには、Dランク冒険者四人、あるいはそれに相当するランクのパーティメンバーが必要になる。


 D、D、D、Fランクの四人パーティでは、最も一般的なランクのクエストを受けることができない。


「そう、それな! にしてもギルドもケチよな。少年がめっちゃ強いのは分かっとるんやから、Dランクぐらいはタダでくれても罰当たらんと思わん? なのにいまだにFランクのままって、どういうことよ?」


「ギルドの決まりなんだから仕方ないぞ。ジャスミン、あきらめろ」


「ううっ……。少年、早よランク上がってな……?」


「す、すみません。できるだけ精進します」


「ケヴィンさんが悪いみたいに言わないでくださいよ……。ジャスミンさんって金欠になると、突然ダメ人間になりますよね」


「貧乏は人をダメにするんよ……」


 冒険者ギルドのギルドマスターにケヴィンの強さが認められ、前回の件では特例的にクエスト受注が許可された。


 だがそれはあくまでも、特別な事情を考慮しての一回限りの特例措置だ。


 冒険者ランクそのものを上げるには、ギルドの規定に沿った方法で行う必要がある。


 ギルドの規定では、冒険者ランクを上げるためには適正ランクのクエストを所定の回数こなして、その上でランクアップ試験を受けて合格しなければならないと定められている。


 ケヴィンがFランクからEランクに上がるためには、適正なクエストを三回こなしたうえで、Eランク昇格試験に合格する必要があった。


 ケヴィンはすでに二回、適正なクエストをクリアしているので、あと一回のクエスト達成でEランク冒険者への道が開けることになる。


 さておき、冒険者たちはギルドへとたどり着く。


 ギルドの掲示板前にはたくさんの冒険者たちが集まっており、クエストが貼り出されるのを今か今かと待ちわびていた。


 早朝のこの時間は、一日のうちで最も多くのクエストが貼り出される時間だ。

 より高報酬かつわりのいいクエストを求めて、仕事を求める冒険者たちがクエストの争奪戦を行うのである。


 やがてギルド職員が現れて、クエストの貼り紙を一枚ずつ掲示していく。

 冒険者たちは血眼になってその内容を凝視し、これぞと思ったものには我先にと手を伸ばしていく。


 ケヴィンたちもまた、その争奪戦に参加したのだが──


「……あかん、ない」


 ギルド職員がひと通りクエストの貼り紙を貼り終えたあと、ジャスミンはがっくりと肩を落としていた。


 ケヴィンらのパーティが現在受けられるクエストの最高ランクは「E+」になるのだが、それで受注できるランクのちょうどいいクエストが、今日も貼り出されなかったのだ。


 新人冒険者パーティ向けのFランク以下のクエストならわずかにあったのだが、そういった低ランクのクエストは新人たちに譲るのが、中堅冒険者たちに求められる暗黙のルールというもの。


 それらもまた新人たちの手で綺麗にさらわれてしまえば、いよいよケヴィンらが受注できるクエストはなくなってしまった。


「うちはもうダメや……このまま飢えて死んでしまうんよ……」


「そ、そこまでの状況ですか……?」


「そう思うなら、な、ケヴィン? 結婚してとは言わん。せめてお金貸して? 貸してくれたらうち、少年のしてほしいこと何でもするから」


「わ、分かりましたから……! 離れてください! 近い、近いですってば……!」


「ジャスミン、メスの色気を使ってケヴィンからお金をせびるのはどうかと思うぞ」


「ジャスミンさん……人としての尊厳はどこへ……」


 ケヴィンにべったり張り付いて金の無心をするジャスミンと、それをジト目で見るワウとルシアであった。


 と、そこに一人の青年が現れる。

 彼は掲示板に貼り出された、一枚のクエスト依頼書を手に取った。


「これはアンデッド退治のクエストか。クエストランクD+──なるほど、食屍鬼グールの群れであるならそのランクになるね。報酬は金貨百二十枚。僕たちのランクにふさわしい仕事だ」


 現れた青年は、ケヴィンが最近見知った相手だ。


 少年の隣では、魔導士の少女が露骨に不愉快そうな顔をしていた。

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