第25話 クエストでの対決

 ケヴィンらの前に現れた青年──ナイジェルは、今はじめてケヴィンたちの存在に気付いたという様子で、わざとらしく声を上げる。


「おや、ルシアとこの間の少年じゃないか。……んん? クエスト用紙の一枚も手にしていないようだけど、キミたちもクエストを探しにきたんじゃないのかい?」


「……あなたには関係ありません。そのクエスト、さっさと受けてきたらどうですか? 目の前でうろちょろされると目障りです」


 ケヴィンの隣で、ルシアが苛立ったような声で応える。


 一方のナイジェルは、後ろに付き従っている仲間たちに向けて、やれやれといった様子で肩をすくめてみせた。


 それにはナイジェルの隣にいた女性冒険者が応じる。


「キャハハハハッ! ナイジェル、そんなこと言ったら可哀想じゃ~ん。私たちみたいな一流冒険者パーティと違って、そいつら底辺だから受けられるクエストがないんでしょ」


「おおっと、そうか。いや、すまないねルシア。D+なんてランクのクエストは、どこのパーティでも受けられるものと勘違いしていたよ。キミたちのような低レベルのパーティには、このレベルのクエストは荷が重いんだったね」


 あからさまな挑発。

 魔導士の少女は不機嫌を隠そうともせずに、こう切り返す。


「別に。うちにはナイジェルさんなんかよりはるかに優秀なエースがいるので、荷が重くはないですけどね。ギルドの規定なので受けられないだけです」


「ほう……?」


 ナイジェルの表情が、ぴくりと動いた。

 青年の視線が、ケヴィンのほうへと向けられる。


 ケヴィンはナイジェルを、静かに見つめ返す。


「ケヴィンです、よろしく。あなたのことは、ルシアさんからいろいろと聞いています」


「ナイジェルだ。エースというのはキミのことだね? この間の手腕を見ても、キミがただの新人でないことは分かるよ。だけどCランク冒険者である僕よりも優秀とは、ルシアもずいぶん大きく出たものだね」


「そうですか? ルシアさんの見立ては妥当だと思いますけど。あなたはそんなに強そうじゃないですから」


 そのケヴィンの返答に、ナイジェルの表情が歪んだ。

 ひくひくと頬をひくつかせて、青年は笑う。


「ふっ、はははははっ……。少年、キミはいささか世の中を知らなさすぎるようだ。自信過剰は身を滅ぼすよ?」


「その言葉、そっくりそのままお返しします」


「くっ……このガキ……! ……どうやらキミには、先輩冒険者への敬意も足りないようだね」


「敬意をもって対するに値しない人もいるだけです」


 バチバチと視線をぶつけ合うケヴィンとナイジェル。

 そんな応酬を、ワウとジャスミンはぽかんとしながら見ていた。


「ケヴィンがいつになく怒ってるぞ……」


「ホンマや……。少年がこんなに怒ったとこ、初めて見たわ……」


 そのときナイジェルが、何かをひらめいたようにパチンと指を鳴らした。

 青年はニヤリと笑い、ケヴィンにこう提案する。


「いいだろう少年。そこまで言うなら勝負をしようじゃないか」


「勝負ですか……? ギルドの訓練場で、模擬戦でもしますか?」


「いいや。僕たちは冒険者だ。冒険者ならばこれだろう?」


 ナイジェルは、自らが手にしたクエスト発注書を見せてくる。

 アンデッド退治と記されたその紙をひらひらとさせ、彼はこう言った。


「どちらがより多くの食屍鬼グールを狩れるかで、勝負といこうじゃないか」


 それからナイジェルは、彼が考えた勝負のルールを説明した。


 まずナイジェルらのパーティとケヴィンらのパーティが合同で、当クエストを受注する。

 これは八人パーティ扱いになるだけなので受注に問題はない。


 実際には、二つのパーティは別々に行動する。

 クエストの目的地まで行って、そこからがゲームスタートだ。


 現地で討伐したグールの数で勝負をする。

 より多くのグールを討伐したパーティの勝利となる。


 勝った方のパーティが、すべての報酬を総取りできるものとする。


 加えて、負けたほうの代表は勝った方の代表に対して、ギルド内の冒険者たちが大勢いる場所で土下座をして謝罪する。


 謝罪の内容は「侮辱してすみませんでした」というもの。


 それによって両者の格付けも確定させ、以後、敗北したパーティのメンバーは勝利したパーティのメンバーに敬意をもって接することとする。


 両パーティの代表者は血判をもって誓約書を作り、この誓約を破らないものとする。


「──と、ルールはそんなところだが、どうかな少年? 怖気づかずに誓約書に血判を押す勇気はあるかい?」


 ナイジェルはそう言って、ニヤニヤと嘲るような表情をケヴィンに向けてきた。

 彼のパーティの面々も、青年の提案に賛同する様子を見せる。


 一方でケヴィンは、渋い顔をした。

 そんな勝負をするや否やを、自分一人の判断で決めていいとは思わなかったからだ。


 ケヴィンは仲間たちの判断を仰ごうと振り向いて──


 そんな少年の手を、がしっとつかむ者がいた。


「少年、やろう! 金貨百二十枚総取りよ! 四人で割っても金貨三十枚! 贅沢しなければ一ヶ月も遊んで暮らせる額やん! 何なら代表はうちがやる! な、な、少年。ええやろ?」


「……あ、はい」


 ジャスミンだった。

 目がお金マークになっていた。


 ケヴィンはさらに、もう二人の先輩冒険者のほうを見る。

 ルシアとワウもまた、同意を示すようにうなずいた。


 ケヴィンはナイジェルのほうへと向き直る。


「分かりました。その勝負、受けます。ただし代表は俺がやります」


「良い心意気だ、少年。男ならそうでなくてはね。もちろんこちらの代表は僕だ」


 両者は誓約書を作り、ケヴィンとナイジェルがそれぞれ血判を押す。


 そして両パーティの連名でクエストを受注すると、彼らは街を出て、クエストの目的地へと向かった。


 だがこのとき、ケヴィンたちは予想もしていなかったのだ。


 ナイジェルが計画していたものが、単なる「勝負」などではなかったということを──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る