エピソード2:薬草採取

第8話 どうして交尾したくならないんだ

 ケヴィンが冒険者として初めてのクエスト──ミノタウロス退治を経験してから、一日休んでの二日後、早朝。


 ケヴィンは先輩冒険者たちとともに街中を歩き、冒険者ギルドへと向かっていた。


 だが平穏ではない。

 約一名、ぐいぐい来る狼牙族の少女に対して、聖騎士見習いの少年は困り果てていた。


「なあケヴィン、ワウの何がいけないんだ! どうしたらワウはケヴィンのお嫁さんになれるんだ!」


 そう叫んで物理的に間近に寄ってくる先輩冒険者に、少年は顔を赤くして身を引きつつ、たじたじになっていた。


 ワウの容姿は美少女と呼んで差し支えないものであり、体つきも良い意味で豊満だ。


 ぐいぐいと近付いてくるたび当たりそうになる大きくて柔らかそうな胸の双丘に、少年の視線がついつい吸い込まれそうになり、慌ててそっぽを向くような有り様だった。


「い、いえ、ですから……! 何がいけないとかじゃなくて、その……俺とワウさんとは、まだ出会ったばかりだし、お互いのこともよく分かっていないというか……」


「ううっ……やっぱりケヴィンは、ワウのこと嫌いなのか……? ワウはメスとして魅力ないか……?」


「ち、違います! 嫌いではないですし、魅力もたっぷりです! 俺はワウさんのことは、その……綺麗な人だと思うし……でも、その……そうじゃなくて……」


「じゃあどうしてケヴィンは、ワウと交尾したくならないんだ! オスは魅力的なメスを見たら交尾したくなるって聞い、むぐぐっ」


「はい、ストーップ。ワウちゃん、そのぐらいにしておこうね。ここは人がたくさんいる公道だからね」


 魔導士のルシアが背後から手を伸ばし、ワウの口をふさいで黙らせる。


 早朝とはいえ、街のメインストリートには今日の仕事の準備をしている人たちが少なからずいて、ワウの言葉はそうした人たちの注目を一身に浴びていた。


 一方でケヴィンは、ひとまず救いの手が入ったことにホッとしていた。

 一体どうしてこうなったのか。


 本人の談によれば、狼牙族の武闘家少女ワウは、ケヴィンに惚れてしまったのだという。

 彼女は強いオスが好きで、そのお嫁さんになりたいのだとか。


 しかしケヴィンは困惑していた。


 彼はこれまで異性と付き合ったこともなければ、それについて考えたこともなかった。

 ただひたすらに、強くなるための修練に励んできた日々だったのだ。


 それがいきなり異種族の美少女に求婚され、交尾がどうのと言われても戸惑うしかない。


 無垢な少年とて男女の営みがどういうものであるかぐらいは漠然と知っているが、想像するだけでも頬を赤くして、そんな妄想はすぐに振り捨てないといけないと思うぐらいの純朴ぶりである。


 そもそもケヴィンにとって、ワウの存在は尊敬すべき先輩冒険者である。

 戦闘技術の巧拙がどうあれ、その立ち位置は変わらない。


 それをいきなり異性として見てほしいと言われても、困惑するしかなかった。

 ケヴィンは結婚相手を選ぶためにワウたちとパーティを組んだわけではないのだ。


 そんなわけでケヴィンが困っていると、もう一つの助け舟が入った。


 状況をニヤニヤと見守っていた、盗賊のジャスミンだ。

 彼女はワウに向かって声をかける。


「あのなワウ、まっすぐ突っ込むだけが戦い方とちゃうよ。もっと戦う相手のことをよく見んと」


「むぐぐっ、ぷはっ。……相手のことを見る、か?」


「そうよ。ワウがあんまりぐいぐい行くもんやから、少年も困っとるやん。もっとゆっくり、お互いのことをよく知るところから始めたらええと思うよ。……なあ、少年?」


 盗賊のお姉さんはそう言って、ケヴィンに向かってウィンクをしてくる。

 困っている彼を見かねての援護射撃のようだった。


 ケヴィンは渡りに船とばかりに、その助け舟に乗っかった。


「は、はい……! いきなりは、その、困るので……わ、ワウさん……! 俺たち、友達から始めませんか……?」


「トモダチ……? うーん……そうか、トモダチからか。まだケヴィンとは、トモダチにもなっていなかったか。ワウは急ぎすぎか」


「そゆこと。まずは友達になって仲良くなって、そんでお互い好きになったら、その後が交尾や」


「そっか。交尾はずっと後なのか」


「あ、あの……とりあえず交尾の話は、そろそろやめません?」


 魔導士のルシアが、周囲の視線を気にしながら苦笑する。

 街の人々の好奇の視線が、四人の冒険者たちにぐさぐさと突き刺さっていた。


 そんなやり取りをしながら、やがて冒険者ギルドにたどり着いたケヴィンたち。

 冒険者ギルドの扉をくぐると──


「お、お願いします……! どうか、どうかこの報酬額でお受けしていただけませんか……!」


「黙れよゴミ虫が。僕のような一流冒険者を雇いたければ、それなりの報酬を用意するのがルールだろうが」


「で、ですが私も、これ以上の借金はできないのです……! どうか娘の命をお救いください、冒険者様……!」


「貴様の事情など知るか。消えろクズが。目障りだ」


 依頼人と冒険者のいざこざだろうか。

 冒険者ギルドの内部では、何やらちょっとした騒動が起こっていた。

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