第7話 帰還(EP1エピローグ)

 モンスター討伐は終わった。


 洞窟にはミノタウロス二体のほかにモンスターはおらず、もう一人の村娘も洞窟の奥で見つかった。


 生き残った二人の村娘もひどい有様であったが、どうにか命に別状はないという状態だった。

 盗賊ジャスミンや魔導士ルシアが、ケヴィンには回れ右をさせつつ、衣服が破り捨てられて無残な姿になった娘たちをマントや毛布で包むなどして保護していた。


 生き残りの娘たちを確保して村に戻ると、冒険者たちは村の人々からたくさんの感謝の言葉をかけられた。


 だがミノタウロスが二体いたという想定外の事態に対して冒険者たちが追加報酬を求めると、その交渉はさすがに難航した。


 それは村人たちにとっても予想外の出来事で、村の財政にも余裕があるわけではない。

 最終的には報酬に少しだけ色をつけてもらうという内容で、村と冒険者たちは合意に至った。


 そうした先輩冒険者たちの交渉──主に盗賊ジャスミンの仕事だったが──を見ていて、ケヴィンは冒険者のたくましさに感嘆していた。

 彼ひとりであったなら、追加報酬など求めずに本来の依頼報酬だけで済ませていたことだろう。


 先輩冒険者といえば、最も動転していたのは狼牙族の武闘家少女ワウだ。


 彼女はケヴィンが単身でミノタウロスを撃破したと聞いても信じられず、村を出てからケヴィンに戦いを挑んできた。


 ケヴィンの希望により素手同士で行われた戦いは、聖騎士見習いの少年があっさり勝利した。


 ワウの連続攻撃を鮮やかにさばいたケヴィンが関節技を極めると、狼牙族の少女はしばし呆然とした後、わんわんと泣き出してしまった。

 先輩冒険者として、また武闘家としても面目とプライドをへし折られてしまったのだから、無理もないことだった。


 それからのワウは、さらにおかしなことになった。

 彼女は村から街への帰還途中にケヴィンと目が合うと、頬を赤く染め、視線を逸らすようになったのだ。


 その様子を見た魔導士ルシアと盗賊ジャスミンは、「まさか……」「あり得るな。自分より強いオスにしか興味ないとかいつも言っとったし」などとささやき合っていた。


 一方のケヴィンは、「やっぱり嫌われてしまったかな……」と肩を落としつつ、終始申し訳なさそうにしていた。


 冒険者たちが街まで戻った頃には、空は夕焼け色に染まっていた。


 日帰りで死線をくぐり抜けた冒険者たちは、冒険者ギルドで報酬を受け取ると、すぐに酒場へと繰り出して打ち上げを始めた。


「「「「かんぱーい」」」」


 ビールが注がれた木製のジョッキを打ち合わせ、冒険者たちは冒険の成功を祝う。


 氷魔法でよく冷やされたビールは格別で、三人の女性冒険者たちはそれを一気に飲み干した。


「おかわりだぞ! たくさん飲むから、たくさん持ってきてくれ!」


 ワウは酒場のウェイトレスにそう言うと、なおもすごいペースで飲み始めた。


 残り二人の女性冒険者はそれを見て苦笑しつつ、自分たちは合わせることなく自らのペースで飲み始める。


 ケヴィンはというと、お酒を飲むのが初めてだった。

 十五歳になって成人すると飲酒が認められるようになるが、底抜けに真面目な彼は今日まで飲酒経験がなかったのだ。


 少年は先輩冒険者たちを見習いながらビールを口に含んで苦い顔をしたり、思い切って飲み干そうとしてむせたりして、同席している女性冒険者たちを和ませていた。


「いやぁ、それにしても、ケヴィンの強さにはびっくりしたわ」


「本当です。どうして隠していたんですか?」


 ジャスミンとルシアがそう言ってケヴィンに注目すると、聖騎士見習いの少年は恐縮して、小さくなってしまう。


「いえ、隠していたつもりはないんですが……俺も冒険者と比べて、自分の実力がどの程度なのか自信がなくて……すみません」


「ええって、ええって。別に怒ってるわけやない。ケヴィンがめっちゃ強かったおかげで、うちらも命拾いしたしな」


「そうですよ。──ワウちゃんも、怒ってはないよね?」


 魔導士の少女がそう振ると、すごい勢いでビールを飲んでいた狼牙族の少女が、不意打ちを受けたように目を丸くした。


「も、もちろん怒ってはないぞ……! ただ、その……びっくりしたぞ」


 そのワウの言葉を聞いて、ケヴィンはホッと胸をなでおろす。

 彼は先輩冒険者に嫌われてしまったのではないかと、ずっと心配していたのだ。


 一方のワウはというと、また頬を染め、視線をあちこちにさまよわせていた。


 だがやがて、意を決したというようにケヴィンをまっすぐに見つめる。


「ケ、ケヴィン……! ワウは今から、お前に大事なことを言うぞ!」


「は、はいっ!」


 ケヴィンは背筋をぴしっと伸ばす。

 彼はドキドキして、先輩冒険者の次の言葉を待った。


 盗賊ジャスミンと魔導士ルシアが「まさか」「ひょっとして」と言って互いに抱き合い見守る中、狼牙族の少女はその言葉を口にする。


「わ、ワウはお前に惚れたぞ! ワウをケヴィンのお嫁さんにしてほしい!」


「はい……?」


 聖騎士見習いの少年は、はてなと首を傾げる。

 ほかの二人の女性冒険者は、キャーキャー言いながら抱き合って野次馬になっていた。


 狼牙族の少女は、顔を真っ赤にしながら続ける。


「ワウは強いオスが好きなんだ! ケヴィン、お前はすごく強い! それに見た目もちょっとカッコイイ! ワウはお前に惚れた!」


「えっ、あっ、あのっ……」


「ワウは集落でも美人って言われてたぞ! それでも、その……だ、ダメか……?」


「ま、待ってくださいワウさん……! 俺……ちょっ、えっ、ええっ……!?」


「集落の男たちは、みんなワウと交尾したいって言ってたぞ! ケヴィンはワウと交尾したくないか……!?」


「こ、交尾……」


 ぽひゅっと、ケヴィンの頭から煙が上がった。


 ショックの許容量を超えて意識を失った聖騎士見習いの少年は、椅子にぐったりともたれかかる。


 それを見ていた野次馬二人が、ケヴィンをゆすったり頬を軽く引っぱたいたりしたが、ぽっくりと気絶してしまった少年に反応はなかった。


「ありゃーっ。少年には刺激が強すぎたか」


「あはは……ま、まあ、ワウちゃんも突っ走りすぎだよね」


「むぅーっ。ワウは頑張ったのに、ケヴィンはどうして受け取ってくれないんだ」


「ワウの頑張りすぎやな。さ、飲みなおそ。ケヴィンもそのうち目ぇ覚ますやろ」


「ふふっ、これからどうなるんだろ。ちょっと面白くなってきたかも」


 そうして冒険者たちは、さらなる宴を続けていく。


 ちなみに、しばらく後にケヴィンが目を覚ましたときには、彼は気絶する直前の記憶を失っていた。


「お酒って怖い……」とつぶやいた少年の声には、ジャスミンとルシアが必死に笑いをこらえ、ワウは頬を赤らめて憮然としたのだった。

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