第6話 言いつけを破ります
あと十を数える間もなく、あの二体目のミノタウロスが戦線に参加してくる。
冒険者たちは大混乱に陥った。
「そんな……!? 二体同時は無理だぞ!」
「ど、どうする……!? こんなの撤退せんと、どうにも……!」
「でも今攻撃の手を緩めたら、ワウちゃんがやられちゃう!」
「そやけど、じゃあどうするんよ!?」
「ぬぐぐっ……! わ、分かったぞ! ワウが相手してるうちに、三人とも逃げるんだ!」
「嫌です! ワウちゃんを置いて逃げるなんて!」
「わがまま言ってたらみんな死んじゃうぞ!」
「ははっ、そのほうが仲間見捨てて逃げるよりはマシかもな。うちらの悪運もこれまでってわけや。──でもケヴィン、あんたはうちらと付き合いが短い。あんたが逃げて、このことギルドに伝えて──って、ちょっ、あんた何を」
「ケヴィンさん……!?」
攻撃を続ける盗賊ジャスミンと魔導士ルシアの横を通り抜け、新入りの少年が前線へと駆け上がっていく。
Fランクの新人冒険者が向かっていくのは、新たに現れたもう一体のミノタウロスのほうだ。
「すみません、ワウさん! 言いつけを破ります!」
抜くなと言われていた剣を腰の鞘から引き抜いて、ケヴィンは狼牙族の武闘家少女の横も通り過ぎていく。
「ば、バカ……! 自分を物語の英雄と勘違いしたらダメなんだぞ!」
「大丈夫です! 英雄じゃなくても、ミノタウロスの相手ぐらいならやれます!」
背後から聞こえてくるワウの叱責にそう答えた頃には、もう一体のミノタウロスはケヴィンのすぐ目の前まで来ていた。
──ミノタウロスと先輩冒険者たちとの戦いをじかに見ることで、ケヴィンがこれまでうっすらと思っていたことは、確信へと変わっていた。
すなわち──ミノタウロスを相手に接近戦を仕掛けても、ケヴィンが「すぐに死んじゃう」などということはないのだと。
「──ブモォオオオオオッ!」
ミノタウロスは突進しながら身を屈め、頭部のツノでケヴィンを串刺しにしようとしてきた。
その突進の勢いは凄まじかったが、ケヴィンはそれを闘牛士のようにひらりとかわし──
「──はぁあああああっ!」
剣に自らの神聖力をまとわせ、ミノタウロスに鋭く斬りつけた。
「ブモォオオオオオオッ……!」
半月を描くような白光を放ち振るわれた剣は、ミノタウロスの硬い筋肉をたやすく断ち斬って、怪物の首筋から激しく血を噴き出させる。
ミノタウロスはそのダメージでよろめき、前のめりに転倒した。
それを見ていた魔導士ルシアと盗賊ジャスミンが、驚きの声を上げる。
「うっそぉっ……!?」
「な、なんやあの、ありえん攻撃力は……!? それにあの身のこなし……! ただの『見習い』が、あんなレベルのわけが……!?」
一方、倒れたミノタウロスはふらつきながらもどうにか立ち上がり、憎々しげにケヴィンを睨みつける。
ケヴィンはミノタウロスが立ち上がるまでは、追撃を仕掛けようとはしなかった。
それは油断というよりは、聖騎士を志す者の譲れない矜持と呼んだほうが妥当なもの。
「──グォオオオオオオオオッ!」
ミノタウロスは、そんなケヴィンの涼やかな目が気に入らなかったのかもしれない。
怪物は大斧を振りかぶって、ケヴィンに向かって突進。
そこから暴風のような激しい連続攻撃を仕掛けた。
ケヴィンはその連続攻撃を、冷静にさばいていく。
ときには回避し、ときには盾で受け流し、怪物ミノタウロスの攻撃を難なくいなしていく。
ミノタウロスの攻撃の合間に大きな隙ができたのは、すぐのことだった。
無論、その隙を見逃すケヴィンではない。
「──はぁあああああっ!」
ミノタウロスの懐に飛び込んだケヴィンは、聖光で強化した剣を突き出し、怪物の分厚い胸板を深々と貫いた。
剣先がミノタウロスの背中まで抜け──その間には、怪物の心臓があった。
ケヴィンが剣を引き抜いて跳び退ると、ミノタウロスはその胸の傷口から、前と後ろに激しく血を噴き出す。
「グォオオオオオッ……!」
怪物は苦悶の咆哮をあげつつ、驚異的な生命力でなおもケヴィンに襲い掛かった。
だが少年が的確に攻撃をさばき続けていると、やがて血が足りなくなったミノタウロスの巨体がふらついて地面に倒れ、びくびくと痙攣して動かなくなった。
聖騎士見習いの少年は、ひとつ大きく息をつく。
「ふぅっ、何とかなった。ワウさんたちのほうは──」
ケヴィンが自らの戦闘を終えて、もう一つの戦闘のほうを見る。
そちらもちょうど、決着がついたところだった。
三人の女性冒険者たちから集中攻撃を受けていた最初のミノタウロスも、ついにその耐久力を失ってどうと倒れ、動かなくなったのだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……何が……どうなったんだ……? ワウたち……なんで生きてるんだ……?」
目の前の戦闘に集中していたせいで、ケヴィンの戦いぶりを見る余裕がなかった狼牙族の少女は、疲労困憊の様子を見せながらも頭上にたくさんの疑問符を浮かべていたのだった。
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