第5話 激突

 戦闘準備ができた冒険者たちは、怪物の不意を打つべく一気に突撃した。


 狼牙族のワウを先頭にして、盗賊のジャスミン、魔導士のルシア、そしてケヴィンがあとに続いていく。


(ワウさん、かなり速いな)


 ケヴィンは先頭を疾駆する狼牙族の少女を見て、そんな感想を抱いていた。


 ワウが突進していく姿は、まさしく野生の狼のようだ。

 身を低くした前傾姿勢で、地面をひと蹴りするごとにぐんぐんスピードを上げていく。


 あのスピードで迫ってこられたら、驚いて対応に窮するかもしれないとケヴィンは想像する。

 一度ワウとも模擬戦をしてみたいと思ったケヴィンだが──


(今はそんなことを考えているときじゃない。目の前の戦いに集中だ)


 益体もないことを考えている自分に気付いて、ケヴィンは気を引き締めなおした。


 まずは先頭のワウが、大きくカーブしたトンネルを、道なりに左手に曲がっていく。


 あの先にミノタウロスがいるはずだ。

 ケヴィンは剣を抜くなと言われているので、盾だけを構えてそのあとを追った。


 果たして、その先の広間にミノタウロスはいた。

 盗賊のジャスミンが報告したとおりの邪悪な光景が、ケヴィンの視界に飛び込んでくる。


 ミノタウロスはそこで、堂々と「食事」をしていた。

 真っ赤な血を滴らせながら怪物が口にしているのは、人間の娘だったであろう肉塊だ。


 それを目の当たりにしたケヴィンは、激しい怒りで頭の血が沸騰しそうになった。


 食事中の牛頭巨人は冒険者たちの接近に気付くと、かたわらの大斧をつかんで立ち上がる。


 そこに真っ先に突っ込んでいくのは、狼牙族の武闘家少女だ。


「許さないぞ、ミノタウロス! ──はぁああああああっ!」


 疾駆していく狼牙族の少女は、かなりの素早さだ。


 だが迎撃として振るわれたミノタウロスの大斧も、恐ろしい速度で獣人の少女に襲い掛かった。


「うわっ……!?」


 すぐさま跳びかかろうとしていた狼牙族の少女も、その勢いを止めざるをえなかった。


 彼女は野生動物のように反応して大斧の直撃は避けたが、同時に攻め手も失ってしまう。


「──グォオオオオオオオッ!」


 ミノタウロスは洞窟中に響き渡るような大声で吠える。


 狼牙族の少女の二倍近くもの背丈をもつ怪物は、その怪力で大斧を棒切れのように振り回し、目の前の小さな獲物を激しく攻め立てた。


 狼牙族の武闘家は、徐々に追い詰められはじめる。

 少女は暴風のようなミノタウロスの斧をかろうじてかわし続けるが、少しずつその体勢を崩していった。


 だが彼女は、一人で戦っているわけではない。


「くぅっ……! ──ジャスミン、ルシア! 頼むぞ!」


「任しとき──これでも食らいや、バケモンが!」


「凍てつく氷の槍よ、かの者を貫け──アイシクルジャベリン!」


 盗賊ジャスミンの弓矢による攻撃と、魔導士ルシアの魔法攻撃が、ミノタウロスの巨体に向けて放たれた。


 矢は怪物の首筋に、氷の槍は怪物の胸板にそれぞれ深々と突き刺さり、さしものミノタウロスも苦悶の絶叫をあげる。


 しかもジャスミンが放った矢は、弓から射出された際に聖光と魔力光を帯びており、それによっても威力が上がっていた。


「隙ありだぞ! ──はぁあああああっ!」


 さらにダメージでよろめいた牛頭巨人に、体勢を立て直した狼牙族の少女が、拳や蹴りによる連続攻撃を繰り出していく。


 これも神聖力と魔力によって強化されており、一撃一撃の威力はさほどでもないにせよ、着実に怪物を追い詰めていった。


 ミノタウロスも持ち直して反撃の斧を振るい、ときには頭部のツノも使って攻撃を仕掛けるが、そうなれば狼牙族の武闘家もまた防御を優先してそれをかろうじて凌いでいく。


 そのうちに怪物には、再びの弓矢と氷の槍が突き刺さり、形勢が逆転する。


 ミノタウロスが受けるダメージは蓄積し、おそるべき怪物もだんだんと弱っていった。


(これなら大丈夫そうだな)


 ケヴィンは先輩冒険者たちの戦いぶりを見て、そう判断していた。


 圧倒的というほどではないが、ミノタウロスと冒険者たちとの間には、確かな戦力差があった。


 ケヴィンも治癒の術をいつでも発動できるように戦況を注意深く見ていたが、それも三人の先輩冒険者たちのうちの誰かが下手を踏まなければ、出番はなさそうだと感じていた。


 このままいけば、時間の問題でミノタウロスは倒れるだろう。

 それでこの仕事クエストは終わりだ。


 ──その場の誰もがそう思っていたとき、異変が訪れる。


 最初にそれに気付いたのは、四本目の矢を弓につがえようとしていた盗賊のジャスミンだった。


「な、なんやこれ……もう一つの足音……!? 向こうの奥からか……!?」


 ズシン、ズシン、ズシンッ──!


 何か二足歩行の巨体が走ってくるような足音が、広間の奥にあったもう一つのトンネルの先から聞こえてきた。


 冒険者たちがまさかと思う間に、そいつは現れる。


「──グォオオオオオオオオッ!」


「そ、そんな……」


 絶望の声を上げたのは魔導士ルシアだったが、ほかの二人も女性冒険者も同じ想いであったことだろう。


 奥のトンネルから猛烈な勢いで突進してきたのは、もう一体のミノタウロスだったのだ。

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