第9話 冒険者ギルドでの騒動

 冒険者ギルドの中に踏み込んだケヴィンたち。


 彼らが見たのは、ギルド内の床で土下座をした一人の男性と、それを見下す一つの冒険者パーティの姿だった。


 周囲には野次馬の冒険者たちがいたり、男性を止めようとしているギルド職員もいたりするが、明らかに目立っているのは彼らだ。


 土下座をしている男は、彼を見下している冒険者パーティのリーダーらしき青年に向かって懇願する。


「どうか冒険者様、なにとぞ娘の命を救うため、薬草を採ってきていただきたいのです」


 一方の青年は、苛立った様子で男に向かって吐き捨てる。


「しつこいぞゴミが! 西の歌声山うたごえやまの頂上が目的地となれば、適正クエストランクはD+! まともな報酬を用意できないならば消えろと言っている!」


「お願いします……! どうか……どうか……!」


 立ち去ろうとする青年に、土下座をしていた男性がすがりつくと──


「僕に触るな、この貧乏人が!」


 青年は男性を蹴り飛ばした。

 顔を蹴りつけられた男性は、ごろごろと床を転がって、やがてうずくまってしまう。


 青年はそれを侮蔑するように見下し、舌打ちをした。


「チッ……! まったく不愉快だ。ギルドも依頼人の管理はしっかりしてほしいものだな」


 そう言って青年は、パーティメンバーを連れてギルドを出ていこうとした。

 彼らはケヴィンたちの横を通り過ぎようとしたが──


 そのとき、青年に向かって声をかけた者がいた。


「ナイジェルさん。あんな暴言をぶつけたり、蹴り飛ばしたりする必要はなかったですよね?」


 少し険のある涼やかな声でそう言ったのは、ケヴィンのパーティの先輩冒険者の一人、魔導士のルシアだった。


 それを青年は、少し驚いたような顔で見る。


「なんだ、ルシアか。僕の誘いを断った少女が、いまさら僕に苦言かい? 気に入らないね。僕のパーティに入るなら、聞いてやらないでもないけど」


「結構です。同じ冒険者として、目に余ったから言わせてもらっただけですから」


「ふんっ、つれない女だ。だがキミのそういうところも嫌いじゃない。気が変わったらいつでも歓迎するよ」


「冗談じゃありません。吐き気がします」


「やれやれ。強情だな」


 青年は肩をすくめつつ、扉をくぐってギルドの外へと出ていった。

 その後には、彼のパーティメンバーらしき冒険者たちが続いた。


 ところでケヴィンには、あれやこれやと起こりすぎて、何が何やらだった。

 彼は手近なところで、盗賊のジャスミンに聞く。


「あの、ジャスミンさん。今のは何だったんでしょう?」


「今のって、どっちの?」


「両方です」


「あー、まあ、どっちも何となく想像はつくけどな。気になるなら本人に聞いたほうがいいんちゃうの?」


 ジャスミンはそう言って、魔導士ルシアのほうをくいくいと指さす。


 見ればルシアは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


 だがケヴィンが何かを聞こうとする前に、狼牙族のワウがルシアに声をかける。


「あいつなんかヤな感じだったな! ルシア、知り合いか?」


「……別に。以前に彼の冒険者パーティに誘われたことがあるだけです。……いえ、あれは冒険者パーティというより、もっとおぞましい何かですけど」


「おぞましい? 何だそれ。パーティじゃないのか?」


「……そういえば、ワウちゃんも大差ないのか。ワウちゃんも、ケヴィンくんに無理に迫ったらダメだよ? 冒険者パーティは異性との出会いの場じゃないんだから」


「???」


 首を傾げるワウを見て、ルシアはふっと苦笑しつつ、狼牙族の少女の頭をなでた。


 一方でケヴィンは、ルシアに声をかけるタイミングを失っていた。

 それになんとなく事情は分かった気がしたので、そっちはもういいかなと考えた。


 ケヴィンがより気にかけたのは、もう一つの騒動のほうだ。


 土下座をしていた男性は、ギルド職員からやんわりと退出するよう言われ、とぼとぼとギルドから出ていこうとしていた。

 蹴られたせいか、口元を切って血が出ているが、それを気にした様子もない。


 ケヴィンは男性に声をかける。


「あの……何があったんですか?」


 すると男性は、うつむかせていた顔をのろのろと上げて、こう聞いてきた。


「キミも冒険者か。……キミと、キミのパーティメンバーの冒険者ランクを聞いてもいいかな?」


「冒険者ランクですか? 俺がFランク、先輩たちが三人ともDランクですけど」


「……そうか、それじゃダメだな。最低でもCランクの冒険者がいないと、あの『歌声山』はとても危険だっていう話だ。私の娘の命のために、キミたちに命を落としに行ってくれとは言えないからね」


 男性は再び肩を落とし、とぼとぼとギルドの扉をくぐって出ていこうとした。

 だがそこで、狼牙族の少女がこう口にする。


「でもケヴィンはCランクなんかより、ずっと強いぞ! 多分な!」


 すると男性の目が、大きく見開かれる。

 そしてガバッと、その両手がワウの肩をつかんだ。


「ほ、本当かい……!? ケヴィンというのは──」


「い、いきなり元気になるとびっくりするぞ。──ケヴィンはこいつだぞ。ワウのトモダチだ!」


 ワウにあらためて紹介されて、ケヴィンは男性に向かっておずおずと頭を下げる。

 すると男性は、態度を激変させて、ケヴィンたちにこう頼み込んできた。


「お願いします、冒険者様! どうか……どうか西の歌声山に行って、薬草を採ってきていただきたいのです!」

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