第2話 新入りなんだから

 翌朝。

 街の食堂で朝食を取った四人の冒険者たちは、モンスター討伐の依頼クエストを出した村へと向かって、街道を歩いていた。


 Dランク冒険者の獣人の武闘家、ワウ。

 Dランク冒険者の人間の盗賊、ジャスミン。

 Dランク冒険者の人間の魔導士、ルシア。

 そしてFランク冒険者の人間の聖騎士見習い、ケヴィン。


 四人の冒険者たちが、うららかな朝日が降り注ぐ田園風景の間の道を、ものものしい完全武装で進んでいく。


 だが彼ら彼女らの会話内容はといえば、のんびりとしたものだ。


「ほーん。じゃあケヴィンは、父親に憧れて冒険者になったんか」


 盗賊ジャスミンの問いかけに、ケヴィンは嬉しそうに答える。


「はい! 多くの聖騎士見習いは、訓練で身につけた剣術や神聖術の腕を認められて、正規の聖騎士になります。でもそれだと本当の実力は身に付かないと父は言っていました。冒険者として多くの実戦経験を積み窮地をくぐり抜けることで、剣術や神聖術の技が磨かれ、神々からの加護も強くなるのだと」


「ワウの部族の強い戦士もそう言ってたぞ。強い戦士になるには、命懸けの戦いをたくさんしないとダメなんだ。たくさん戦って強い戦士になれば、精霊の加護も強くてなかなか死ななくなるぞ。弱い戦士はへなちょこで、ゴブリンの弱っちい攻撃を受けただけでも血がドバーッと出てすぐに死ぬんだ」


 狼牙族の少女ワウは、大げさに両腕を広げてその様子を表現してみせる。

 対して苦笑するのは、魔導士の少女ルシアだ。


「あはは……ていうか、普通の人はそうなんですけどね。でも英雄と呼ばれるほどの実力者は、その体がおそろしく強固で打たれ強くなるというのは、私も師匠から聞いたことがあります。それは戦士でも魔導士でも、程度の差こそあれ同じだって」


「まぁなー。うちらも冒険者を始めたばっかの頃よりは、ちぃとはタフになった気がするしな」


「皆さんは冒険者を始めてから、結構長いんですか?」


 ケヴィンがそう問いかけると、三人の女性冒険者たちは顔を見合わせる。


「ワウたちが組んで冒険者を始めてから、半年ぐらいになるか?」


「んー、そんなとこかな。長いと言っていいのかどうなんか」


「まだまだひよっ子とも言えますけど、冒険者生活にもだいぶ慣れた気はしますね」


「半年……半年でDランクですか? 俺、冒険者のことはよく分からないんですけど、それって結構すごくないですか……? ギルドの受付の人に聞いた話だと、Dランクは一人前の冒険者だって」


 驚いた様子を見せるケヴィンに、胸を張って答えるのは獣人のワウだ。


「まぁな! ワウは才能あるし、部族の集落にいた頃もたくさん修行したからな!」


「うわー、出たわ、ワウの自信過剰」


「あはは……。ケヴィンさん、あまりワウちゃんをおだてないでくださいね? ワウちゃん、すぐに調子に乗っちゃうので」


「ち、違うぞ! ワウは本当に強いんだ! ──ケヴィン、お前も強いワウのことはちゃんと尊敬するんだぞ! これから戦うミノタウロスなんて、ワウがけちょんけちょんにするから見てろよ!」


 そう言ったワウに、盗賊のジャスミンはにやりと笑ってからかう。


「んー、じゃあワウ、一人でミノタウロスと戦ってみるか? うちとルシアは離れたところで見守っとるから」


「うっ……そ、それは……パ、パーティは協力しないとダメなんだぞ! ミノタウロスは一人で戦う相手じゃないぞ!」


 ワウが顔を赤くして抗議すると、ジャスミンとルシアはくすくすと笑う。

 獣人の少女は、不満そうに唇を尖らせた。


 そんな彼女の矛先は、新入りの少年へと向かう。


「いいかケヴィン、ワウは一つ大事なことを言うぞ! ワウたちはお前の神聖術がほしくて仲間にしたんだ。ミノタウロスみたいな強い敵と戦うときには、前に出たらダメだぞ! 弱っちいやつは、すぐに死んじゃうからな!」


 今回、四人の冒険者たちが受けたモンスター退治の依頼──

 その退治すべきモンスターとは、ミノタウロスという名の強敵だ。


 牛頭巨人とも呼ばれるそのモンスターは、体長三メートルにもなる筋骨隆々たる巨体で、巨大な戦斧を振り回して攻撃してくる。


 その攻撃力はすさまじく、未熟な戦士なら一撃で吹き飛ばされてしまうほどだ。


 だがそうした狼牙族の少女の言葉に、ケヴィンははてと首を傾げる。


「えっと……どうしてもダメですか? 俺、剣術の実戦経験も積みたいので、できれば前に出て戦いたいんですけど」


「ダメだ! ケヴィンは新入りなんだから、ワウたちの言うことを聞かないといけないんだぞ! じゃないとすぐに死んじゃうんだからな!」


「いえ、大丈夫だと思いますけど……」


「大丈夫じゃないぞ! ケヴィン、わがままを言うとパーティから追い出すぞ!」


「……むぅ、分かりました。じゃあワウさんたちがピンチにならなければ、前には出ません」


 不承不承という様子で受け入れるケヴィン。


 それを聞いたワウは「それは分かってないって言うんだぞ……」と、がくりと肩を落とした。


 一方、二人のやり取りを見ていたほかの二人の女性冒険者も、ケヴィンの言葉を聞いて苦笑する。


「あはは……ケヴィンさんも意外と……」


「んー、ワウ以上の自信過剰くんなんかな、これは」


 などと口にして、二人もまた困った顔をしていた。


 だがケヴィンはそれにも、一人で首を傾げる。


(ミノタウロスって、そんなに強いモンスターだったっけ……? それにワウさんも、そこまで強そうには見えないし……)


 聖騎士見習いはモンスターに関する知識も、有名どころに関してはひと通り教わる。


 ケヴィンの記憶によれば、ミノタウロスは竜族や巨人族、魔族などのきわめて強力なモンスター群と比べれば、はるかに弱いモンスターだったはずだ。


(いくら何でも、「すぐに死んじゃう」ってことはないと思うけど……)


 しかしそうは思ったものの、ケヴィンには冒険者として経験がない。


 先輩冒険者たちの言うことに反するのもどうかと思ったので、彼はひとまず先輩の言葉に従うことにした。


 そんな多少のいさかいもありながら道を進んでいくと、やがて四人の冒険者たちの視界に、目的の村が見えてくる。


 三人の女性冒険者と一人の新人冒険者の少年は、村へと向かって歩みを進めていった。

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