第1話 先輩冒険者たち
それから数日後の夕刻。
ケヴィンは街の冒険者ギルドへと、初めて足を踏み入れていた。
冒険者ギルドは大きな建物で、その広さは一般住居の何倍もある。
入り口の扉をくぐれば、建物内部は多くの冒険者たちで賑わっていた。
種族も性別も、出で立ちも行動も多様な冒険者たちが、そこかしこで自由に活動をしている。
その様にケヴィンは少し気後れしながらも、まずは冒険者として登録をした。
受付嬢からひと通りの説明を受け──
最初に困ったのは、一緒に冒険をする仲間を探すことであった。
「ケヴィンさんは冒険者登録をしたばかりですから、冒険者ランクはスタート位置のFランクになります。さまざまなトラブルを避けるためにも、なるべく近い冒険者ランクのパーティに加入するのが理想なのですけど……」
受付嬢は手元の紙束をめくりながら、眉間にしわを寄せつつケヴィンに言う。
「現在のところ、紹介できる手頃なパーティは、ほとんど埋まってしまっているんですよね……。得意なのが近接戦闘と神聖術となりますと、Dランクで神聖術の使い手を募集しているパーティならあるんですけど……」
冒険者はその経験や実力によってランク分けがされていて、F、E、D、C、B、A、Sの七段階がある。
冒険者に登録したばかりのケヴィンはFランク。
対してDランクというのは、経験を積んだ一人前の冒険者を示すランクである。
ケヴィンは受付嬢に問う。
「そのパーティを紹介してもらうことはできますか?」
「はい。確か今、酒場のほうに──あ、いますね。あそこのテーブルにいる女性三人のパーティです」
受付嬢はそう言って、酒場にいる三人の女性冒険者たちを指し示した。
それを見て、ケヴィンは少し驚く。
Dランク冒険者というからベテランを想像していたケヴィンだったが、そこにいたのは三人ともが年若い、少女とも呼べるような年頃の女性冒険者たちだったからだ。
だが彼はすぐに思いなおす。
自分だってまだ成人したばかりの十五歳なのだから、別段おかしなことでもないだろう。
「ありがとうございます。ひとまず声をかけて、相談してみます」
ケヴィンは受付嬢に礼を言って、紹介された冒険者たちのほうへと向かっていった。
冒険者は「パーティ」と呼ばれる集団を組んで冒険をするのが一般的だ。
パーティの人数は、通常は四人か五人が理想と言われている──戦力や役割分担の都合と報酬配分の都合があり、人数が多すぎても少なすぎても具合が悪い──が、三人以下や、六人以上で組むこともないわけではない。
受付嬢から紹介されたのは、若い女性冒険者三人からなるパーティだった。
酒場で一つのテーブルを囲み、酒とつまみを楽しみながら談笑している。
ケヴィンは三人の女性冒険者の前まで行って、一礼をした。
それを受けた三人は、きょとんとした様子を見せる。
「なんだお前、新人冒険者か? ワウたちに何か用か?」
そう聞いてきたのは、人間の少女に狼耳とふさふさの尻尾を生やしたような姿の獣人──狼牙族と呼ばれる種族の少女だった。
年の頃は、見た目ではケヴィンと同い年ぐらいに見える。
野生児のようなボサボサの銀髪が、背中まで無造作に伸びているのが特徴的だ。
ケヴィンは先輩冒険者に対して失礼にならないように、礼節をもって答える。
「はい。俺はケヴィンといいます。パーティメンバーを募集していると聞いて、ご相談をと参りました」
「んー、確かにうちら、ランク問わずに神聖術の使い手を募集しとったけどな。自分、腰に剣さげてるけど剣士と違うん?」
指でハムをつまんで口に運びながらそう返事をしてきたのは、盗賊らしい出で立ちの人間の女性だ。
年はケヴィンよりやや上ぐらいで、十代の後半といったところ。
栗色の髪をポニーテールにしていて、ほのかな色気を醸しだす露出多めの服装は魅惑的だ。
その盗賊と思しき女性冒険者のやや礼を欠いた態度にも、ケヴィンは不快感を示すでもなく応じる。
「聖騎士の見習いです。最も得意なのは剣術ですが、神聖術も扱えます」
「ほーん、聖騎士見習いなぁ。確かにいいとこの坊ちゃんっぽくは見えるな」
「ちょっ、ちょっと……! それはさすがに、初対面の人に失礼すぎですよ」
そう慌てて口を挟んだのは、魔導士風の格好をした人間の少女だ。
年の頃はケヴィンと同じぐらいか、やや上──十六か、十七ぐらいだろうか。
空色の髪をセミショートにした彼女は、比較的おとなしく温厚そうに見える。
一方、たしなめられた盗賊姿の女性は、誤魔化すように笑う。
「あははっ、ごめんごめん。思ったことが口に出ただけで、別に悪気はないんよ。──したら新人くん、うちらで相談するからちょっと向こう行っててくれるか?」
そう言われたので、ケヴィンは三人の女性冒険者から少し距離を取る。
女性冒険者たちは寄り集まって、相談を始めた。
それはケヴィンには聞こえていないが、こんな内容だった。
「少しでも神聖術が使えるならいいと思うぞ。ワウはあいつ入れるの賛成だ」
「そやね。それにちょっとかわいい感じのイケメンくんやん? パーティに引き入れたら目の保養にもなるよ」
盗賊姿の女性が、そう言ってケヴィンのほうをちらりと見る。
確かに聖騎士見習いの少年は、整った容姿をしていた。
褐色の短髪を備えた童顔に、背丈も成人男性と比べればやや低めと、年上の女性好みしそうなルックスをしている。
さらに日々の訓練で鍛え上げられた体にはほど良く筋肉もついていて、一部のお姉さんには垂涎の見た目であるかもしれなかった。
だがそんな盗賊お姉さんの言い分には、魔導士姿の少女が呆れた様子を見せる。
「ジャスミンさん、正直すぎますよ……。それはパーティメンバーを選ぶ基準として、どうかと思います。でも彼をパーティに入れることには、私も賛成かな。贅沢を言っていて、神聖術の専門家である神官がいつまでも見つからない可能性もありますし」
「ワウはワウより弱いオスには興味ないぞ。オスは見た目が良くても、強くないとダメだ」
「だ、だからワウちゃんも、お婿さん探しの話じゃなくて……」
「もう、ルシアは優等生なことばっか言うて。本当はあんたも、彼のことちょっといいかなって思っとるんやないの?」
「うっ……そ、それは、まあ……って、だからそういう話じゃないんですってば! ジャスミンさん、わざと言ってますよね……!?」
「あははははっ」
そのようなやり取りがありつつも、三人の女性冒険者たちは結論を出したようだ。
彼女らはケヴィンのもとにやってきて、審議結果を伝える。
「ワウたちはお前をパーティに入れることにしたぞ。ワウの名前はワウだ。誇り高き狼牙族の武闘家だぞ」
「うちはジャスミン。パーティ内の役割は盗賊やね。よろしくな、新人くん」
「私はルシアと言います。見ての通り魔導士です。これからよろしくお願いしますね」
「ありがとうございます! 俺はケヴィンです。よろしくお願いします!」
こうしてケヴィンは、三人の女性冒険者たちのパーティに加入することになった。
彼は翌日には、冒険者として初めての
ケヴィンを仲間に引き入れた女性冒険者たちは、自分たちがパーティに引き入れた「新人」が何者であるかを、このときはまだよく分かっていなかったのである。
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