大英雄の息子の日常冒険譚 〜稀代の天才と謳われた聖騎士見習いの少年が先輩冒険者のお姉さんたちと共に送る冒険者生活〜
いかぽん
エピソード1:ミノタウロス退治
プロローグ 聖騎士見習いの少年
聖騎士団の訓練場が、ざわめいていた。
木剣を手にした聖騎士見習いたちが、自らの訓練を忘れて、その戦いを呆然と見つめる。
幾多の視線が注目しているのは、一組の模擬戦だった。
二人の剣士が、木剣と木製盾を手に激しく打ち合っている。
「──はぁあああああっ!」
「くっ……!」
一人は十代中頃と見える少年。
もう一人は、二十代中頃と思しき青年だ。
その戦いは、見習い同士の模擬戦のレベルでは到底なかった。
型稽古のように綺麗に打ち合ったかと思えば、次には盾同士をぶつけての泥臭い押し合いになる。
ときには足払いの蹴りすら放たれる、実戦さながらのやり取り。
実際にも、戦っているうちの片方──青年のほうは、見習いではなく正規の聖騎士であった。
国から実力を認められた者だけが至ることができる、見習いたちにとって憧れの存在だ。
だが──
「お、おい……あれ、クリストフさんが押されてないか……?」
「まさか……だってクリストフさんって、正規の聖騎士の中でも指折りの実力者だろ……? でも……」
「ケヴィンのやつ、見習いの中では抜きんでているとは思っていたけど、いくら何でも……嘘だろ……」
周囲の見習いたちが、固唾をのんで戦いの趨勢を見守る中、ついに戦いの決着がつく。
「──おぉおおおおおっ!」
「ぐっ……これほどの……!」
盾をぶつけ合った押し合いで、少年が気迫の声とともに相手を押し込んだ。
身長差で下から突き上げられるように押された青年は、わずかによろめいてしまう。
バランスを崩した青年に、少年が木剣でさらなる連続攻撃を仕掛けていく。
青年はどうにか凌ぐが、三合を打ち合ったあとには、青年の防御は完全に破られていた。
少年の木剣の切っ先が、体勢を崩した青年の首元に突き付けられる。
わずかの静寂。
少年が木剣を引いて、青年に向かって一礼。
青年もまた、応じるように礼をした。
青年がふっと笑う。
そして少年に向かって手を差し出し、握手を求めた。
「負けたよ、ケヴィン。見事なものだ。正規の聖騎士でも、俺を打ち負かせる者はそうはいないのだがな」
少年は興奮を隠しきれない面持ちで握手を受け、背筋を伸ばして答える。
「ありがとうございます、クリストフさん。父の指導と、先輩方のご教授の賜物です」
「謙虚なことだ。お前が日々、人の何倍もの鍛錬を積んでいることを知らぬ者はいないよ。──ほかの者たちも、ボサッと見ている場合ではないぞ! 訓練を続けろ! 少しはケヴィンを見習わないか!」
「「「は、はい!」」」
監督役の青年に叱咤され、周囲の見習いたちは思い出したように自分たちの訓練を始めた。
青年はそれに苦笑しつつ、少年に向き直る。
「ケヴィン。お前は神聖術の実力もまた、すでに司祭級に達していると聞く。お前の実力であれば今すぐにでも、正規の聖騎士に昇格させるよう推薦できるのだが──考えを改めるつもりはないのか?」
それは説得というよりは、確認の言葉だった。
少年はうなずく。
「はい。俺は冒険者になり、高みを目指したいと思っています」
「お前の父──“至高の聖騎士”アレクシスがそうであったように、だったな」
「はい。
「いや、結構だ。むしろ男としては敬意すら抱く。少々の嫉妬もな」
青年はそう言って、ニッと笑いかけた。
真の実力を欲する者は、冒険者になるべきだ──
そうした考えは、実際の実力者たちの口から語られることが多い。
曰く、戦いを司る神々の加護は、幾多の苦難と窮地を乗り越えた者にこそ与えられる。
そのためには冒険者として、命懸けの冒険を幾度もくぐり抜けるのが最も効果的であると。
他方、そうした考えの否定者たちは、こう語る。
それは生来の才能を持った者たちだけが生き残り、才能のない者たちが命を落としていった結果に過ぎないと。
真実がどちらであるかは分からないが、少年──ケヴィンは前者を信じていた。
自らが尊敬する父親、“至高の聖騎士”と呼ばれた英雄がその道を辿ったからだ。
ゆえにケヴィンは、冒険者の道を選ぶ。
さらなる高みを目指して、己を鍛えるために。
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