第42話 コーリング

「声よ届け、コーリング!!」


 走りながらも俺は、相澤とシロルの二人を思い浮かべ魔法の言葉を口にした。

 すると説明し難いが、何かが繋がった感覚がある。


『相澤、シロル、聞こえるか? 聞こえたら返事してくれ!!』


 呼びかけるものの、中々二人から返事が返って来ない。

 もしかしたら、鈴が手元にないのかも。

 シロルに関しては、昨日から音沙汰なしだし。

 頼む、返事をしてくれ……。


『なんにゃ兄さん、何か用かにゃ?』

『良かったシロル、無事だったか!』


 若干声がやつれている気がするけど、本当無事で良かった。


『あのにゃ、兄さん。今まで澪の事、面白半分で首を突っ込んでごめんにゃ。俺っち、海より深く反省してるにゃ、だからもう見捨てないで欲しいにゃ……』


 無事じゃ無かった!?


 あのシロルが丸くなって、よっぽど怖い目にあったのか。

 ……ってまさか、本当に取られて!!


『お、俺こそあの時はごめん、シロル。それとこんな雰囲気言い出しにくいんだが、ゾーオが居るみたいなんだ。今追ってるんだけど』

『なんでそれを先に言わないのにゃ!! それで、ゾーオはどうなってるのにゃ』


 頭の中に、シロルの大声が響く。

 良かった。敵の名前を聞いて、いつもの調子を取り戻してくれたみたいだ。


『確信はまだないけど、ニュースになっていた飼い犬の首輪を切ってる犯人の中にゾーオがいる可能性が高いんだ。そして奴の目的ザザ……ザザッ、ザザザッー』


 説明をしようとした矢先、謎のノイズが俺のコーリングに干渉する。


 この感じ、親しみある馬鹿みたいな強い魔力、もしかして。


『相澤か?』


 キューイィーっとチューニングされるように、不協和音が鳴る。

 そして俺の問に答えるように。


『ゾ〔ノア君が〕われた〔休んで〕アちゃ〔寂し〕どこ〔い〕!?』


 ……えっと。なんだって?


 返事は返ってきた。この声、相澤に間違いない。

 しかし依然、ノイズのようなものに遮られ、返事の内容が理解できなかった。


『相澤、俺の声が聞こえてるか?』


 そしてノイズは次第に大きくなり、ピーーーザザァァ!! っと甲高い音が響く。すると突然、


『ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君ノア君──』


 俺の頭の中に、自分の名前が嫌ってほど響いた。

 正直これなら、ノイズの方がまだましだ。

 彼女の伝達魔法は、壊れたラジオより質が悪いらしい。


『澪、やめるにゃ!! あんさんはコーリング使用禁止にゃ!!』


 あ、シロルにも聞こえてたのか。


 シロルが制止すると『ノア君……ノア…………君ノア…………ブツッ!』っとボリュームが下がっていく。

 そして、なんとか止まってくれた。


 コーリングは、思い浮かべることで会話をする魔法だから、コントロールが下手くそで、あまつさえ頭の中が日輪おれ一色の相澤には、この魔法は非常に相性が悪いようだ。


 相澤とシロル。俺より長い事一緒にいる二人が、今までコーリングで話し合ってる素振りを見たことがない理由が分かった。


『兄さん続きを聞かせるにゃ』

『あぁ、奴の目的はきっと動物園だ! あいつ、飼い犬どころか動物園の生き物を逃がそうとしてるんだよ』


 養鶏所や学校なんかの飼育小屋などの可能性もあるが、似た手口で一番大きな被害が出るのは動物園。

 その動物達を人の生活圏内に逃がせば、混乱は計り知れない。

 俺が相手の立場なら、間違いなくそうする。


 それに今回のゾーオは、金属をも溶かせる能力を備えているみたいだし、檻や壁を壊すことも十分可能だろう。


『ノア君ノア君ノア君──』

『だから黙るにゃ!』


 動物園の付近まで走って来たが、ゾーオの痕跡である黒い靄が、より色濃く見える。

 残念だが、これは間違いないな。


『嫌な予感が的中した、ゾーオは既に動物園の近くに居る。いや、もしかしたら……』


 もしかしたら、もう中に居るかも。

 今日は平日だが、それでも客も飼育員もいる。急がないと、


『分かってるとは思うけど、無理はするにゃ。それと、澪は攻撃の魔法は禁止にゃからにゃ』

『でもどうするんだ。相澤の魔法が無いと、ゾーオを倒すことができないんだろ?』


 フェーズワンなら、俺でも倒せるかもしれない。

 しかし今回のケース、規模が大きく場合によっては死人が出てもおかしくない。

 つまり、フェーズツー以上のゾーオなのは確定だ。


『俺っちが、にゃにもしてたいとでも思ったかにゃ? 大丈夫、秘策があるにゃ』

『秘策?』

『そうにゃ、でも仕込みにもう少し時間がかかるにゃ。すまにゃいが、俺っちが行くまでにゃんとか持ちこたえて欲しいにゃ』

『あぁ、やれるだけやってみる!!』


 どちらかが到着するまで、誰の助けも借りられない。でも、期待にも答えてみせるさ。

 自分の無力で、誰かが傷付くのなんてゴメンだからな!


『二人とも、もう一度言うけど、くれぐれも無理はしにゃいでくれにゃ』


 その言葉を最後に、コーリングは途切れた。


「残念ながらシロル。無理しないわけにはいかないみたいだ……」


 黒い靄の元凶が、人目につかない駐車場の奥にいた。

 そして格子型のフェンスに触れ、それを溶かして居る──。


「──それ以上やらせるか!!」


 俺は走る勢いそのまま、ゾーオの依代となっている男に向かい、飛びかかったのだった。

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