第25話白と黒
コンクールの翌日、佐伯は練習に来なかった。その日はあまり気にしていなかったが、それから一週間、彼がピアノ室に足を踏み入れることは無かった。始めはサボりに怒っていた御神も今では何も言ってこない。呆れているのと、心配なのが合わさっているのだろう。心配なのは御神だけでなく、綾瀬さんも同じなようで、御神にずっと「和真くん…大丈夫でしょうか…」と繰り返し言っていた。音寧はパッと見あまり気にしていないようだったが、毎日ピアノ室に来て、佐伯が居ないと分かると、わかりやすくため息をつくようになった。だが、昨日俺の家で音寧は、「あの人のことならボクに任せてぇ?」と横になりながら微笑んだ。
―音寧side―
ボクは彼奴の音が大っきらいだし、性格も、声も大っきらいだけど…今1番ムカついてるのはサボってること。サボってる理由は何となくわかるし、昔のボクならきっと今の彼奴のようにサボってただろう。サボることに怒ってるんじゃない。クロに迷惑をかけてることにムカついてる。ボクは佐伯がサボるようになってから、毎日昼休みに佐伯を探すようになった。そのせいでクロに会う時間が少なくなったし、昼食だって急いで食べなきゃいけなくて、なんでボクがこんなことやってるのかわけわかんなくなったけど、クロのことを考えると、自然と体が動いた。それから1週間が経った日の昼休み、屋上の鍵が開いていることに気がついた。なぜ今まで探さなかったのか不思議なほどに定番の隠れスポットだった。重いドアを開けると、大の字に寝転んでいた佐伯と目があった。佐伯は気まずそうにすぐ目をそらしたが、もう逃げようとはしなかった。
「何だよ。説教でもしに来たか?」
拗ねた子供のようなむくれたまま、佐伯は動かない。ボクは佐伯の隣に腰を下ろして雲ひとつない空を見た。
「うん。」
ボクの答えに驚いたのか佐伯は一瞬、ボクの方を見た。
「ボクは君が数合わせだろうがそうじゃなかろうが別に良いんだけど…皆はそうじゃないみたいだよ?特に…クロはね…。」
家に帰ったあとも佐伯がどうやったら部活に来るのか考えてるクロの姿を思い出すと、目の前にいる佐伯に対して複雑な感情が渦巻く。クロの頑張りを無駄にはさせない。そのためにボクが居るから。
「ボクはクロの思いが詰まったこの部活を無くしたくない。まぁ、今のボクは君のことを数合わせとしか思ってないけど。君が辞めたらボクのパートナーが居なくなるしね。」
ボクは佐伯のことが必要だと言ったみたいで少し気恥ずかしくなって佐伯から顔が見えないように背けた。すると佐伯は少し笑って体を起こした。
「パートナー…ねぇ…?白藤もそう思ってたんだ?」
顔は見てないが佐伯の声は少し楽しそうだ。あぁ、益々恥ずかしくさせてくれるな…。数秒前の自分の発言を取り消してやりたい。ボクは恥ずかしさを用は済んだからという理由で包み隠し、立ち上がった。
「じゃ、今日の練習は来てね。」
ボクが帰ろうとすると、佐伯は突然「なぁ」と声を上げた。
「白藤ってさ、黒宮のこと好きだろ。」
急に何を言い出すのかと思えば…。佐伯の言う好きの意味とボクがクロに向ける好きの意味は果たして同じなのだろうか。佐伯がどういう好きを想像しているのかは定かでは無かったが、何故か安心感があった。佐伯のことを信頼しているということなのだろうか。…いや、それはないな。むしろ佐伯との距離感がそうさせたのかもしれない。佐伯はこの距離感があったからこそボクの感情に気がついたし、ボクは佐伯がボクの好きの意味を解っていると思えたのかもしれないな。それでもボクは佐伯がどんな表情をしているのか見るのが少し怖くて、振り返らずに答えた。
「好きだよ。付き合いたいくらいに…ね。」
その後すぐに屋上から出ていってしまったボクには、佐伯のリアクションも、気持ちも、行動も、考えも何もかも分からない。
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