第24話数合わせ

萌々に言われた言葉を気にしてか、皆を取り巻く雰囲気は重く、佐伯からは少しの苛つきが感じ取れた。控室に戻った途端、その苛つきのせいか、佐伯は控室入り口にある傘立てを思いっきり蹴飛ばした。ガコンッと大きな音が控室内に響く。綾瀬さんはビクリと肩を震わせた。

「ちょっと、何してるの。」

と声を上げたのは御神だった。佐伯はそんな御神の声に更に苛つきを見せる。

「悔しくねぇのかよ。」

頭をガシガシと掻く佐伯に他の皆はただ何も言わずに視線を下げる。その姿に佐伯は声を荒げた。

「悔しくねぇのかよって聞いてんだよ。」

思わず耳を塞いでしまいたくなるような佐伯の言葉はここにいる全員の心に重くのしかかった。皆が視線下げているのは悔しくないからじゃないだろう。佐伯の言葉と同じ気持ちで、どう言葉に出していいのかわからないほどの悔しさの中に包まれているからこその無言なのだろうが、佐伯にはそう写ってないようだった。綾瀬さんは佐伯を取り巻く苛つきに怯えているようで、そんな綾瀬さんに気づいたのか佐伯の言葉に言い返したのは御神だった。

「声を荒げても意味ないわよ。落ち着いて。大体、佐伯くんも言われてたじゃない。」

御神も苛ついてるのか、佐伯の技術不足の話を持ち出した。本来の御神ならだと分かるはずなのに。御神の言葉を聞いた佐伯は案の定一瞬目を見開いたかと思えば、近くの椅子を蹴りとばした。佐伯は肩で息をしながら小さく震えていた。

「数合わせだったんだろ。」

さっきの怒鳴り声とは裏腹に怒りと悔しさと悲しさが混ざったような声は小さく、震えていた。もしかしたら今の佐伯の声は全員には届いていなかったかもしれない。現に綾瀬さんはよく聞こえなかったみたいで、首を傾げていた。

「どうせ俺は数合わせだったんだろ。」

佐伯は何の返事もしない俺にムカついたのか、声を大きくした。

「そんなことな―」

「そんなことない。」そう言いかけたとき、ペチンッと痛々しい音が響いた。佐伯の頬を御神が盛大に叩いた音だった。今度は御神が肩で息をして、今にも泣きそうな顔をしていた。

「馬鹿じゃないの。数合わせならね、あんたなんかじゃなくてもっと別の子誘ってるわよ。あんたじゃないと駄目だから、数合わせはしたくないから部員集めは急がなくてもいいって言ってた黒宮くんがあんたを誘ったんでしょうが。最初は私だってなんでこんな人がって思ったわよ。ピアノのことなんて何もわからない人間がピアノに触れるなんて許せなかった。でも、あんたは私が持ってないものを持ってた。だから、今まであんたのこと同じ部員として尊敬してた。それは皆同じだったでしょ。そんなこともわかんないなんて、1ヶ月間何を感じて来たわけ。」

早口で叱咤する御神は震えたままだった。言われた佐伯の方は御神の怒る姿に驚いたのか、はたまた目が覚めたのか、間抜けの顔のまま叩かれた頬を押さえていた。御神の言っていることは正しさそのものだったし、俺が言いたかったことを全て言っていたから少し俺も驚いた。この部員に数合わせなど存在しない。一人ひとりに別の意味があって、過去があって、考え方があって、音がある。この部の中で、誰一人として欠けてはならない。御神が欠けそうになったとき、皆が嫌だと感じたように、佐伯が自分のことを数合わせだと言ったとき、皆がそれは違うと思ったことだろう。きっとこの部活は切れることのない絆を生み出したのだと今日、実感した。


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