第23話久しぶり

表彰式のため、俺らは再びコンサートホールに行くことになったが、俺らの雰囲気は重苦しいままだった。しばらくこの空気が明るくなることはないだろう。当たり前だと言うべきか、俺らの名前は呼ばれることはなく、優勝は夢のまた夢として幕を閉じた。俺らがコンサートホールから出ると、4人の同い年くらいの人が立っていた。どうやら俺らを待っていたらしく、俺らの姿を見つけると、近づいてきた。最初はよく見えなかったが1人、見知った顔があった。

「しーくん、音ちゃん、久しぶりやねぇ」

氷雨萌々ひさめもも、彼女は俺と音寧の幼馴染だ。ピアノを幼い頃から習っていて、勿論技術もある。京都にある私立の有名所に進学したとは言っていたが、遠距離になったせいか、やり取りは全くしていなかった。音寧も同じなのだろう、萌々との再開に驚きを隠せないようだった。

「久しぶり、萌々。萌々もこのコンクール、出てたんだ?」

自分たちのことに精一杯だったからか、萌々が出場していたことにすら気づかなかった。

「ひどいなぁ、しーくん…萌々の演奏、きいとーなかったやろ。萌々はちゃんとしーくんたちの、聞いとったで?」

あからさまにしょんぼりする萌々を見て、何も変わってないなぁ、と少し安心する。しかし、すぐにその安堵と懐かしさは崩れた。

「何やったん、あの演奏。」

そのセリフからは萌々特有の人懐っこそうな声は微塵も感じ取れなかった。心底つまらなさそうな、そんな声だ。

「どういう意味?」

御神の問いに萌々は鼻で軽く笑った。まるで見下しているかのような笑いだった。

「しーくんの耳がええのは音ちゃんも皆さんも知ってはるんとちゃいますの。なのにあの程度の演奏しか出来ませんの?萌々なら皆さんの100倍はいい演奏ができますけどねぇ。それとも、しーくんの耳に頼りすぎた結果があれですか?」

萌々の言葉は皆の心に重く、のしかかったことだろう。今の精神状態を考えるとこれ以上皆に萌々の言葉を聞かせるのは得策じゃなかった。

「皆、控室に戻ろう。」

俺の言葉に佐伯や綾瀬さんは少しホッとしたような顔をした。御神もこれ以上聞くべきじゃないと納得したようで控室に戻ろうとした時、萌々は再び口を開いた。

「しーくん、逃げるん?それとも、今ので皆さんを守ったつもり?しーくん…弱なったなぁ?」

我ながらこんな挑発まがいの言葉に乗るべきじゃないのは分かってはいたし、乗ってしまうのはとんだ馬鹿者だと思ったが、気づいたら一度背を向けたはずの萌々に向き合っていた。

「変わったのはどっちだよ。」

無意識に口調が強くなってしまったが、萌々は余裕そうな表情なまま、「萌々は何も変わってあらへんよ。」と言って、

「特にちゃらそうなお兄さん、あんた、ピアノ弾けへんやろ。しかも大人しそうなお嬢さんは何が怖いんか知らへんけど、そんなんじゃピアノが可哀想やわ。それからえーっと、御神さん…やっけ、あんたは新聞で見たことあるけど…正直期待外れや。1人で弾くんと連弾は世界がちゃいますの、こっちの世界に足踏み入れて…しーくん達を邪魔するのやめてもろてええですか?音ちゃんもあんなつまんない音、初めてやわ。萌々に負けるんも時間の問題やね。しーくんも、ピアノも、萌々のものや。」

と言葉を続けた。言った本人は気が済んだのか、「雑なピアノ、弾かんといてくださいねぇ」という言葉を最後に残して去ってしまった。姿が見えなくなった直後、萌々から『来年は楽しみにしてる。』とLINEが来た。何をどうしたらあんなふうになるのか、俺にはわからなかったが、昔の関係性がこのまま続いていかないということだけははっきりしていた。俺は萌々に、皆に、何を言えばよかったのだろうか。答えはまだ、わかりそうになかった。

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