第21話5人だから。

ついにコンクール前日になり、皆の練習も仕上げになっていた。顧問を交えたリハーサルとなった今日、皆の気もいつもより張っているのが感じられていた。綾瀬さんはさっきから何度も手の平に人の字を書いて、飲み込む仕草をしている。演奏の合間にも毎度繰り返しているので最初は驚いたものも、もう見慣れてしまった。

しかし、やはり緊張の所為か、全体的に音がフワフワしている気がした。ガチガチに固まるよりはいいとは思うが、音がフワフワしてしまうのがいいわけじゃない。

しかし、4人の緊張したときの曲の変わり方の癖を知っておくに越したことはない。佐伯はスピードが速くなり、音寧は音の落ち着きが欠ける。御神は佐伯と綾瀬さんのスピードと正そうと指揮を意識しすぎ、音が大きくなりやすく、綾瀬さんは指がもたつき、拍がズレやすい。

佐伯や綾瀬さんは自分の問題点を意識すればする程焦りが生まれ、悪化の一途をたどるばかりだった。御神は綾瀬さんと一緒に何度も深呼吸をした。音寧は「この感じ…久しぶり…。」と緊張している自分に懐かしさと驚きを感じている様だった。佐伯はそんな呑気そうな音寧に感化され、いつもの落ち着きを取り戻し始めていた。

練習を終える時間になり、一度終わることになった。今では恒例になってきた一言の時間だ。佐伯は5人が並んでいる一列から出て、前に立った。

「えっと…。まぁ今日でコンクール前に部活として練習できるのは最後だったんですけど、最後の最後まで俺は皆の足引っ張ってたと思うし、5人の中で最後にこの部活に入って、最近はもしかしたら俺じゃなかったほうがいいのかなって何回も思ったし…」

そう佐伯が少し視線を下げると、急に綾瀬さんが大声を出した。

「わ、私は和真くんで良かったと思ってます!!」

綾瀬さんの急な言葉に思わず佐伯も笑みをこぼして「わーってるよ。」と照れくさそうに頭をかいた。

「まぁ…何回も思ったんだけど、やっぱり最終的に思うのはピアノ部に入ってよかったな、このメンバーで良かったな、ってことばっかりだった。いつも必死な綾瀬も、真面目な御神も、いつも呑気な白藤も、よくわかんねー黒宮も、1人も欠けちゃいけねぇんだと思う。だから、明日皆で楽しもうな。終わりっ」

佐伯は思いの丈をぶつけきったのか、少し誇らしげに列に戻った。綾瀬さんは少し前に立つことに慣れたのか、すんなりと前に出た。

「さ、さっきは…大声出してごめんなさい…。でも、私も和真くんの言っていたこと…すごく共感できて…。私は入部したとき、ピアノを弾くこともできなくて…だけど今こうしてピアノを大好きだって心から言えるのは皆のおかげです…。だから、明日は皆で頑張りましょうっ」

楽しそうに話す綾瀬さんはそのまま列に戻る。音寧はいつもどおりゆっくり前に出てきた。

「特に言うことないんだけど…。ボクはクロと一緒にいるためにここに来たしクロのために弾いてたけど、その付属にしては…楽しかったと思う…。明日はクロのために勝つ…。」

どこか照れくさそうに僅かに耳を赤くした音寧はそそくさを列に戻って俺に抱きついた。音寧もどうやらピアノ部を気に入っているようだ。御神は音寧が列に戻るのを見てから前に出た。

「私はこの1ヶ月、とても価値があるものだと思っています。それは顧問の先生だくでなく、部長を始め皆のお陰。明日のコンクールにはいろんな意味があると思うけど、それぞれの思いを…黒宮くんの言葉を借りるなら皆の『音』をコンサートホールに響かせましょう。」

御神は一礼してから列に戻った。俺は音寧を一旦引き剥がし、前に出た。

「俺はこの1ヶ月を改めて振り返って、やっぱり音って綺麗だなって感じました。怒ってたら音は荒れる。悲しかったら音は沈む。でも全員が同じ気持ちでも全員が全く同じ音を奏でることはできない。まさに十人十色とはこのことなんだろうなってこのピアノ部を通じて気づきました。明日は思いっきり皆の音を俺や、隣に居る仲間や、聴いてる人、聴いて欲しい人、そして、自分自身に聞かせてほしいと思います。俺はできる限りのサポートをします。」

短くするつもりだったのに。俺は少し苦笑いを浮かべて列に戻った。

俺は明日、皆の音を聞かせてほしい。5人だからこその音を。

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