第20話音と言葉
コンクールまで残り1週間となった。練習はいよいよ大詰めで、何度も繰り返される『運命』は体育館に響き続けた。校長先生には朝練の許可も貰い、毎朝、5人の運命を奏でた。いよいよ寒さも本格的になり、音寧は益々朝に弱くなったが、そこは俺の仕事だ。毎朝音寧をベッドから引きずり出し、顔を洗わせ、寝癖を直し、朝ごはんを口に入れ、歯を磨かせ、着替えさせる。中々の重労働だが、これをやろうと思えるのも皆の音のおかげだと言える。綾瀬さんのガラスの音も、音寧の霧雨の音も、御神のことの音も、佐伯の海の音も、不協和音どころか、これが自分たちの「運命の音だ」とでも言っているかのような演奏だ。これならきっと大丈夫、皆の音をコンサートホールに響かせることだろう。練習が終わり、片付けを済ませると、御神は「今日から部員1人ずつ一言言わない?」と提案をされ、特に断る理由もなかったので1人ずつ話すことになった。
「まず俺からっ。えーっと、まず俺が思ったのは時間って早ぇーなってことです。まぁ…出会ってから本当に俺の中では秒でここまできて、ピアノの凄さにも、大変さにも圧倒されて…。入部したときはこんなことになるなんて想像してなくて…あ、もちろんいい意味で。だから、残り一週間でまず越えるべき山にぶつかっていくわけだけど、皆となら越えられると思ってます。これからもよろしく。」
まるでコンクール前日かのような熱烈な一言を披露した佐伯は列に戻って深く息を吐いた。入れ替わるように前に出てきた綾瀬さんは緊張しているのか、恥ずかしそうに一礼した。
「えっと・・・綾瀬・・・水澄ですっ・・。わ、私は・・・皆にっ・・感謝してます・・。ピアノが弾けなかった私にっ・・音の綺麗さとかっ・・楽しさとかっ・・・教えてくれて・・・ありがとうございますっ・・・。あと一週間っがんがりましょうっ・・・!」
綾瀬さんは必死に自分の思いをぶつけた。綾瀬さんも中々一週間前とは思えないほどの熱量だが、それほど伝えたかったということだろうか。不安そうに列に戻った綾瀬さんと入れ替わりに前にゆっくりと出た音寧はどこか眠そうだった。
「えーと、ボクはクロのためにしか弾いてるつもり無いけど…残り一週間は、毎日弾く…。皆のためじゃないからね。」
音寧らしい一言だな…と少し頬が緩む。眠そうにゆっくり戻って俺に抱きつくともう一度「クロのためだからね」と言って目を閉じた。御神は全体の前で話すことに慣れているのか、すんなりと話し始めた。
「この前はありがとう。皆のおかげで皆と居れてます。残り一週間っていうのは長いようであっという間なので気を抜かずに皆で練習しましょう。」
なんというか、御神らしい、副部長らしい一言だ。むしろ部長になるべきなのは御神な気がする。御神はすぐに列に戻り、俺に視線を向けた。あんまり皆の前で喋ることはないので柄にもなく少し緊張していた。前に出ると目をつぶっていたはずの音寧も俺のことをまっすぐ見つめている。
「えっと…。俺は皆の音が好きなので…これからも頑張ってください。以上です…。」
特に話すこともなくただの感想で終わってしまった俺の一言だが、御神達は何故か拍手してくれた。これが部長の特権というやつなのだろうか。あと一週間、俺らは弾くしかない。
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