第18話もう、ここには。
『大切な話があるので、明日は体育館ではなくピアノ室集合でお願いします。』そう御神からLINEがあったのは金曜日の夜のことだった。俺の家に居た音寧も心当たりがないと言っていた。大切な話…嫌な予感を纏う言葉だった。土曜日の朝、俺はいつも通りの時間に行き、いつも通りの場所でいつも通りに振る舞った。音寧の体重はいつも通り俺の膝で感じていたし、何もかもがいつも通りなはずだった。それでも嫌な予感は俺の心を支配し続ける。最後にピアノ室に来たのは御神だった。彼女の顔はいつもよりどこか堅いものだった。その御神の表情が益々俺の不安を煽った。
「話って?」
あまり話を急かすのは好きじゃないが、嫌な予感を早く否定してほしかった。御神自身も話を先延ばしにするつもりはないらしく、1つ深呼吸をしてからあっさりと言った。
「私、ピアノ部を辞めようかと思う。」
俺の嫌な予感は昔からよく当たるな…。御神の言葉に部員はそれぞれ違った反応を示した。動揺を隠せない綾瀬さん、「はぁ?」と立ち上がり今にも掴みかかりそうな佐伯、少し目を開けて御神を見たがまたすぐに目を閉じて俺の首に腕を回す音寧…。
「理由は?」
そう訊くと御神は少し視線を下げた。全てが彼女の意志というわけではなさそうだ。御神は視線を下げたまま強く鞄と掴んでいた。
「父に反対されました。」
確か御神の父は海外で多くを過ごしていると言っていた。久しぶりに日本に帰ってきたということだろうか。今まで海外に居たとなれば御神の部活動のことは知らなかったというのも頷ける。音楽のプロからすれば高校の部活動でのピアノはお遊びだと見えるのかも知れない、かつての御神のように。思考は父親譲りってわけか。しかし御神がそう捉えていたのも入部前の話だ。御神の父親の捉え方もなんとか変えられないものか。そこまで考えたとき、 ハッキリさせるべきことが浮かんだ。
「御神さんはどうしたいの?」
俺は今、御神自身の意志は『続けたい』というものだと前提においていたが、そうでないとすれば話は別だ。御神が父親の考えに納得し、御神自身の意志が『辞めたい』というなら御神の退部を止めていい人はどこにも居ないだろう。御神は暫く黙っていたが、顔を上げて
「私はここに居たい。」
と少し震えた声で言った。俺は御神の言葉にどこか安堵を感じていた。それは俺だけではないらしく、綾瀬さんも佐伯も少し表情が柔らかくなった気がした。それでも御神の表情が崩れることはない。御神は震える声のまま「でも」と言葉を続けた。
「私はもう、ここには居れない。」
そう言った御神はとても悔しそうで、悲しそうで、苦しそうだった。すると今まで黙っていた音寧が口を開いた。
「辞めたくないんだ?」
音寧の言葉はあっけらかんとしていて、意外だとでも言っているようだった。音寧の言葉に頷く御神に音寧は更に言葉を続けた。
「ピアノが嫌いなのに?」
御神はその言葉にハッとした表情になる。確かに御神は今までピアノに対しプラスの感情を抱いていなかった。それでも御神はこのピアノ部に残りたいと声を震わせているのだ。御神は少し考えたあとに
「なんでだろう。まだ心からピアノのことを好きだとは思えてないけど、ここに居たいの。」
と自嘲気味に笑った。御神の言葉に音寧はつまらなそうに「ふぅん」とだけ言った。
「ならボクらがやることって決まってこない?」
珍しく音寧が積極的だ。音寧は立ち上がって鞄と手に取った。
「行こうよ、説得。」
音寧の言葉に反対する人は誰も居なかった。もちろん、御神も。音寧に「やる気満々だね?」というと少し顔を赤くして「クロが作った部活潰したくなかっただけだし」と足を速めた。音寧も実は大切な部員が居なくなってしまうのが寂しかったのだろうか。なんてことを考えて少し微笑む。御神の家へと向かう道は新たな5人の思い出となった。。
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