第17話不協和音か
コンクールまで残り2週間となり、4人で合わせる事になった。ピアノ室と音楽室には1台ずつしかないグランドピアノだったが、唯一2台ある場所がこの学校にはあった。それは体育館だ。体育館のステージ上には何故かグランドピアノが2台あり、これからの練習は毎日ピアノ室で行われることになった。授業終了のチャイムと共に俺な目を覚まし、体育館へ向かった。するともうすでに綾瀬さんが居た。
「早いね」
俺に気がついていなかったのか、そう声をかけると綾瀬さんは一瞬驚いたように体を動かした。
「いつもは時雨君が・・先に・・・居ますもんね」
と微笑む綾瀬さんはどこか楽しそうだった。少ししてから御神と佐伯が来た。佐伯は半ば無理やり音寧を引きずりながら。
「クロぉ…。」
佐伯に手を離された途端俺に飛びついてきた音寧は少しお疲れのようだ。佐伯達はそんな音寧を呆れたように見つめた。
「さぁ、始めましょ」
御神はトムソン椅子に座って、皆を待った。佐伯もその言葉に押されたように慌てて椅子に腰掛ける。綾瀬さんも準備万端なようだ。俺は音寧を椅子に座らせ、指揮台に乗る。体育館に広がる静寂は、妙な心地よさを連れていた。俺が構えるとその静寂は緊張へと変化した。
1,2,3,4
4人の『運命』はとても小さな音から始まる。どこかせつなそうなその運命は、次第に大きなものへとなっていった。感情や想いの塊のような運命は、ひどくバラバラで、強弱など譜面を大無視だったが、不協和音ではなかった。演奏を終えると御神は立ち上がり、それに釣られるように3人も立ち上がった。俺は指揮台から降りて前を向き1礼をした。頭を上げて数秒後、
「っだぁぁぁ!!」
佐伯が突然大声を上げながらトムソン椅子に脱力した。それで緊張の糸が切れたのか、皆も深く息を吐いて椅子に腰掛けた。
「良かったと思うよ」
俺が感想を言うと御神は少し納得がいっていないようだった。
「そう?皆音がバラバラだったし、ミスも多かったしとても完璧に近いとは言えないと思うわ。」
さすが御神というべきか、目の付け所が技術者らしい。技術を語れる御神が副部長で良かったと改めて感じた。俺は音を聞くだけだ。技術は何も言えないし言ったところで何も変わることはないだろうな。
「黒宮君はどんなところが良かったと思うの?」
御神も俺と観点が違うことは分かっているのだろう。綾瀬さんの譜面に何か書いていた御神が顔を上げて訊いてきた。
「さっきの演奏は4人の音だと思ったからかな。」
詳細を促すように少し首を傾げた御神。真剣に耳を傾ける綾瀬さん。譜面を見つめてブツブツ言っている佐伯、音楽の話を嫌がるように膝を抱える音寧。音楽に対する思いも考えも、ピアノの技術も何もかも違う4人だったが、『4人の音』は綺麗だった。
「俺は皆の音が好きなんだと思う。その音を変えたいと思っている人もいるとは思うけど、俺は音ってその人の心の直訳だと思うから。綺麗だったよ。」
俺がそう言うと御神は少し視線を下げた。『音を変えたいと思っている人』は自分だと感じたんだろう。そういう意味で考えると御神からしたらこの演奏は良くないものになるのかも知れない。それでも俺は4人の音を汚かったとは思わない。4人が、それぞれの心を奏でているのだから。この音を不協和音か、と問われれば俺は「いいや、違う。」そう断言するだろう。
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