第15話回らない歯車
コンクールまで残り21日!と書かれたカウントダウンカレンダーを仁王立ちで見つめていたのは佐伯だった。コンクールまで残り3週間となり、いよいよ今日から本格的に連弾の練習が始まった。この日ピアノ室に居たのは音寧と佐伯だった。今朝(俺の)布団から出たがらなかった音寧を引きずり出し、なんとか連れてきたのだ。その所為か、音寧は今不機嫌だ。「寒い…」「眠い…」「帰りたい…」と俺にくっつきながらボソボソと繰り返していた。俺自身、音寧に何かを強制させるのは良くないとわかっていたが、前日に佐伯に頼み込まれてしまったので音寧には申し訳ないが連れてこさせてもらったのだ。俺は仁王立ちする佐伯を眺めながらいつものように側板によりかかりながらくっついている音寧の頭を撫で続けていた。
「白藤、始めるぞ。」
いつもよりも少し大きな声で佐伯は音寧に話しかけるも音寧は無視を貫いていた。
「白藤、取り敢えずここに座ってくれないか。」
佐伯は鍵盤の前に並べられた2つの椅子を指すが音寧はもちろんこれも無視だ。佐伯は1度短く溜め息をついて左側の椅子に座った。佐伯は1つ深呼吸をした。そして始まった佐伯の音には必死さの中に繊細さがあった。そして佐伯の音からは音楽を愛していることがひしひしを伝わってきた。佐伯の音はまるで海の様だった。佐伯は今何を感じているのだろうか。音を奏でることに喜びを感じているのだろうか。それとも1人で演奏する寂しさだろうか。しばらくして、佐伯の少したどたどしい演奏は終わった。すると音寧が立ち上がって椅子に座らずに佐伯に近づいた。
「その音さ…隣で弾きたいと思えないんだけど」
音寧らしい呑気な声で言ったそのセリフには確かな棘を感じた。音寧はそれだけ言って俺の元に戻ってきた。俺に乗ってきた音寧はどこか不満げな顔をしていた。
「どうした?」
音寧は俺の質問に不機嫌そうに
「ボク、あーゆーの…嫌い。」
と答えた。音寧は今日はピアノを弾きそうにない。佐伯の音が嫌いだなんて言われてしまえば音寧がここにいるのは良くないのは明らかだ。そろそろ帰るか…。
「帰る?」
無言で頷いた音寧はそのまま立ってピアノ室から出ていった。俺は佐伯の断りを入れてから急いで音寧を追いかけた。
「音寧…怒ってる?」
「怒ってないよ。」
嘘だ。多分音寧は今怒ってる。怒っている…というよりかはムカついている。何に対してムカついているのかは完全には分からないが、ある程度の予想は俺の中でついていた。
「昔の自分みたい?」
俺がそう言うと音寧はいつもより早く動かしていた足をいきなり止めた。音寧は強く手を握りしめ、肩を震わせている。俯く音寧の姿はとても幼く感じられた。
「ボクさぁ、あーゆー音…嫌いなの。」
音寧の声は少し震えていた。唇をかみしめて抱きついてきた音寧を俺はいつもと同じように頭を撫でる。もしかしたらこのペアにしたのはまずかったかも知れないと今更ながらの後悔をした。
「音寧…ペア…変えてもらおうか?」
俺が音寧の頭を撫でながら訊くと音寧は泣きながら首を横に振った。
「いい。」
音寧ならすぐに変更を望むかと思ったが、少し意外だった。
「ボクはあんな音に屈しないから」
そう答える音寧はいつの間にか泣き止んでいて、さっきよりなにか吹っ切れたような表情になっていた。この2人の歯車を回すことは難しい。只、きっと『難しい』では終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます