第14話音楽の魔法
『今から行きます。』と綾瀬さんから連絡があってから30分くらいしてから綾瀬さんは来た。随分と急いでいたのか、肩で息をしていた。
「おまたせ・・・しました・・・っ」
綾瀬さんははじめ、御神が居ることに驚いていた。そう言えば御神のことは言っていなかったな。しかし綾瀬さんはすぐに笑顔になった。知らないうちに2人は随分と仲良くなっていたらしい。
「葵ちゃんっ・・・こんにちは」
御神の近くまで行ってもう1度綾瀬さんはふんわりと笑った。御神も綾瀬さんのその姿に自然と笑みが溢れているようだった。
「それで・・・今日はどうしたんですか?」
ふと気になったのか、綾瀬さんは御神と俺を交互に見た。
「綾瀬さんは音楽・・・好き?」
俺は側板に寄りかかっていた体を起こし、トムソン椅子を引いた。
ギィ…
と短い音がピアノ室に響く。座るように促すと綾瀬さんは少しぎこちない動きでトムソン椅子に腰掛けた。座るまではぎこちなかったとはいえ、綾瀬さんは当たり前のように鍵盤に指を置いた。
ポーン…ポーン…
1度、2度、と繰り返されるガラスのような音色は俺の質問の答えそのもののように感じた。綾瀬さんは何度か単音を出すと振り返って、
「大好きです」
と照れたように微笑みながら言った。御神はそんな綾瀬さんを見て、釣られるように笑った。でも自分が感じたことのない音楽に対する思いを感じている綾瀬さんに多少の嫉妬心と劣等感と感じていても何ら不思議じゃない。
「なんで綾瀬さんは音楽が好きなの?」
俺はその御神に音楽に対する感情を教えられるのは綾瀬さんだと思う。綾瀬さんにはそれができる。御神を救える。綾瀬さんは俺に質問にしばらく「んー・・・」とニコニコと微笑みながら考えていた。好きな理由を考えているというよりかはどう伝えるべきかを考えているようだった。
「ピアノには・・・魔法があって・・・。演奏する人を音で彩ってくれるんです。ピアノを弾く前はただの人でも・・・ピアノを引いた途端まるで舞台のお姫様になれる気が・・するんです・・・。」
少し照れくさそうに微笑みながら鍵盤を見つめる綾瀬さんの目は確かにいつもより輝いている気がした。
「私はピアノの魔法が・・・すべてキラキラしたものだとは思いません・・・。葵ちゃんのように・・・ピアノの悪い魔法にかかってしまうことも・・あると思います・・・。」
その『悪い魔法』の中にプレッシャーや、緊張も含まれているだろう。誰しもが1度は感じるものだ。きっと今までの綾瀬さんもその『悪い魔法』にかかっていたと伝えたいのだろう。綾瀬さんの言葉はいつもよりも噛みしめるようだった。
「それでも私はそのピアノの魔法が好きで・・・悪い魔法なんてどうでも良くなるくらい・・・今は弾くのが楽しいんです・・・。私は・・・コンクールを皆でお姫様と王子様の舞踏会にしたいんです。」
そう言葉を締めくくった綾瀬さんはトムソン椅子から立ち上がって御神に譲った。その言葉を聞いた御神も楽しそうに微笑んで、そして綾瀬さんに譲られたトムソン椅子に腰掛ける。
ポーン…ポーン…
少し懐かしそうに微笑みながら音を響かせる御神の顔はいつもより幼く感じる。
「昔は大好きだったな…発表会もコンクールも。ワクワクして、ドキドキして。自分が奏でる音が大好きだったの…魔法使いになったみたいでね。」
どこで道を踏み間違えてしまったんだろうね。と自嘲気味に笑う御神の音はいつもよりもずっと儚くて綺麗だった。きっと御神はもう1度魔法使いになれるだろう。綾瀬さんと一緒なら恐らく大丈夫だ。俺はピアノ室に響く澄んだ単音を聞きながらそう思った。
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