第13話錆びついた歯車
日曜日、気が向いて学校に行ってピアノ室に入ると、そこには御神がいた。俺に驚いていたが今までピアノを弾いていたわけではないみたいだ。トムソン椅子に座り、譜面立てに楽譜を広げ、只々楽譜を眺めていた。
「何してるの?」
「特に何も。」
最初の会話は短いものだった。暫くして、沈黙を破ったのは御神のピアノの音だった。譜面をなぞるような堅い音ではなく、まるで心の叫びのような音だった。
「汚い音って思ったでしょ。」
自嘲気味に笑った御神は鍵盤から手を離した。
「俺は好きだけど」
俺はただそれだけ言っていつものように椅子に座って側板に寄りかかって目処閉じる。
「御神さんはさ、譜面、それで良かったの?」
実力的に見ると1番難しい譜面を選ぶべきなのはもちろん御神だろう。ただ総合的に見て本当にその判断が正しかったのかと問われれば答えは変わってくると思う。
「しょうがないじゃない。ピアノはね…弾ける人間が弾くしかないのよ。」
目を開けてみると鍵盤を見つめていた御神は苦しそうだった。ただ苦しそうに見ていた御神は
「白藤くんと私の違いってなんだと思う?」
と俺に訊いた。一瞬質問の意味がわからなかったが、暫くして理解した。でもそれは俺が答えるようなことではない気がする。
「御神さんもわかってるんじゃないかな。」
その答えに御神は苦笑いする。
「きっとこの譜面を弾くべきなのは私じゃない。白藤くんがふさわしいわ。」
御神は昨日の音寧の演奏をみて気づいたのだろう。音寧は多分音楽が好きだ。鈍感な佐伯でも気づくくらいだ、御神が気づかないわけがない。俺は1度開けた目を閉じた。御神がトムソン椅子から立ち上がって俺の目の前に来る気配がした。
「どうして譜面配りのときに教えてくれなかったの?」
「どうしてだろうね。」
御神は知っていたらきっとこの譜面を音寧に弾かせていたことだろう。でも音寧はきっとそれを嫌がるし、俺はそうしなかった。
「黒宮くんは佐伯くんに言ってたわよね。音楽が好きだからって難しいのを選ぶと結果的に他の人の音を消すことになるって。」
そう言えばそんなことも言ったな。確か譜面配りのときに1番難しい譜面を取ろうとした佐伯に言った気がする。
「私はただ技術があるからって難しい譜面を選んだとしても他の奏者の音を消してしまうと思う。」
御神の声は少し震えている気がした。少し目を開けると御神はスカートと握っていた。音楽を好きになれない御神だって他の人の音を消すことは望んでいないのだろう。
「御神さんはどうしたい?」
音寧と譜面を交換することを望むのだろうか。他の選択肢はなにか今の俺には思いつかなかった。でも御神が震える声で言った言葉は俺の予想を裏切った。
「私は…音楽を好きになりたい。」
よくよく考えれば御神がこの部活に入部したのもその理由だった。御神が音楽を好きになるにはどうすればいいだろうか。俺は目を閉じて若干の眠気を感じながら考えた。多分御神はピアノを義務として捉えている。きっとそれは御神が自ら望んだ考えではない。それは家で散々ピアノを義務付けられたせいだろう。御神のその考えを直すには音楽の良さを知るべきだろうか。音楽の楽しさを感じるべきだろうか。そこまで考えたとき、綾瀬さんが思い浮かんだ。
「綾瀬さんに訊こう。」
「水澄に?」
『綾瀬さんに訊きたいことがあるんだけど今暇かな。』綾瀬さんにLINEするとすぐに『今から行きます。』と返信が来た。御神は音楽を心から愛せる日は来るのだろうか。
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