第6話また、あの頃のような。

後は副顧問と部長、副部長の決定だ。俺には1人、副顧問を頼みたい人がいた。今まで相手との都合がつかず、話せなかったが今日やっと話せるそうだ。許されたのは放課後の30分間だけ。そんなに忙しいのか。

「今日よね黒宮君が言ってた頼みたい人と話すの。誰と話すつもりなの?」

「その人が副顧問に決まったら話すよ。」

少し緊張していたが相手が相手なのだからしかたない。今からやれることなんて相当限られている。俺はいつもどおりに椅子に座り、グランドピアノの側板にもたれ掛かって、目をつぶった。自分の鼓動がいつもより少し早いのが分かる。後…3限か。昼休みがいつもよりやけに長く感じる。いつもと違うのなんて分かってるのにそれを見て見ぬふりをしてる自分がいる。必死に落ち着かせようとすればするほど、自分の心には余裕がなくなって行くのが分かった。それでも俺は寝ていたらしく、気が付いたらホームルームの時間になっていた。俺は十分すぎるほどに伸びをして立ち上がる。

「はぁぁぁぁ…行くか。」

一度教室に行き、米セン声をかけた。

「副顧問、頼みに行ってきます。」

「俺も行く」

米センは持っていた荷物を一旦教卓に置いて、俺に付いてきた。しばらく歩いて、俺がもう既に相手が待っているであろう部屋の前で足を止めると米センは少し怖気づいたような表情になる。

「まじかよ、黒宮。できればあんまり入りたくない部屋だな」

「じゃあ先生は帰ります?」

俺が挑発するように顔を覗くと、米センは少し口角を上げた。

「んなわけねぇだろーが。本気でピアノ部作んだろ?顧問の俺が行かないでどーすんの。」

ドアをノックすると「どうぞ。」とだけ、短い返事が聞こえた。

「1−Eの黒宮です。」

俺の目の前には『この学校で一番偉い人』が居た。

「中々時間が取れなくてすまないね。」

「いえ。がお忙しいのは存じ上げてますので。」

いつもよりしっかりと結ばれたネクタイ、いつもは締めないはずの第一ボタン、ブレザーのボタン、息苦しさは全てが緊張とともに嫌な吐き気のようなものへと変わっていった。

「それで?要件は何かな。」

穏やかそうな顔つきをしてるが声には硬さがあった。それもそうか。よくわからないような1年の生徒に時間を取られてあまり気分がしないのだろう。それでも俺は少し口角を上げて申請書をテーブルの上に置いた。

「副顧問を…お願いしたいのです。ピアノ部の。」

『ピアノ部』と聞いた途端、校長の表情が柔らかくなった。

「そうか…ピアノ部か。えっと…黒宮君…だったかな。」

「はい。」

校長はメガネを外し、胸ポケットからメガネ拭きを取り出してメガネを拭き始めた。校長の表情は時が戻ったようにどこか幼く、夢を持っているようなものとなり、声が柔らかくなった。

「君は…知っているのかな?私が此処の元ピアノ部員だということを。」

「はい。初代ピアノ部部長・・・でいらっしゃいますよね?」

俺が確認するように言うとゆっくりと頷いた。申請書の部活名のところを見つめるその目はどこか遠くを見ているようだ。自分の過去を観ているのかも知れない。

「ピアノとは…何だと思う?」

申請書から視線を上げ、校長は俺を試すような視線をぶつけた。

「ピアノは・・・『鏡』だと思います。それをある人は『夢』と呼ぶかも知れませんね」

俺は校長の目を見た。緊張は途中で消え去ったみたいで、声が震えることはなかった。俺の言葉を聞いた校長は笑顔になる。

「そうか。」

校長先生は胸ポケットからボールペンを出してサインをし始めた。

『副顧問 森 勝』

「これでいいかな?…また、あの頃のような…いや、あの頃を超えるピアノ部を作ってくれ。」

「はい。もちろんです。ありがとうございます。失礼します。」

俺は申請書を持って校長室から出た。出た途端、2人して深く息を吐く。

「良かったな。」

「はい。これで皆にいい報告が出来ます。」

こうして、ピアノ部の副顧問が決まった。

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