第4話知らないコ。

部活を新しく作るには5人の部員が最低でも必要で、その中から部長と副部長を決める必要がある。更に顧問、副顧問を務めてくれる先生を探さなければならない。あとは部室やら活動日数やら色々届け出る必要があるが、部室はほぼ決まっているようなもんだろう。

部員はあと1人、顧問は2人か…。

「黒宮君、あと1人よね。どうするつもり?」

部員が4人になってから1週間くらいが経った日の昼休み、御神がピアノ室に来るなり訊いてきた。

「んー、別に急がなくてもいいかな。」

「急がなくてもいいって…本当に集める気あるの?」

御神は呆れたように腰に手をおいて俺の目の前に立った。

「あるよ。御神さんはなんでそんな焦ってるの?焦ってても意味なくない?焦ってメンバーを探して例え見つけてもそれは数合わせにしかならないよ。きっとその人が置いていかれることになる。」

御神は俺の言葉を聞くと不服そうな顔をした。焦るのは良くないと頭では分かっているのだろう

「まぁ、探しとくよ。」

俺は側板にもたれ掛かって目を閉じた。すると暫くしてピアノ室に誰かが入ってきた。綾瀬さんだろうか。

「うわぁ!!?だ、誰だっ!?誰も居ねぇと思ったのに…。」

やけにうるさい声がピアノ室に響いた。目を開くとベースを持った少年が入り口に立っていた。

「誰?」

「俺か?俺は佐伯和真さえきかずまベースの練習に来たんだけど。」

頭をガシガシと掻いている彼は青い上履きを履いていて、踵を履き潰していた。更に制服をとことん着崩していて、チャラそうな印象だ。

「此処、ピアノ室よ?ベースは防音室でやってちょうだい。」

ピアノ室を別の用途で使われることに少し腹を立てたのだろう。御神が彼を睨むと彼は目をそらした。

「やれるならとっくにやってる。出来ねぇから此処に来てんだ。」

彼は少し訳ありなようだ。楽器を持っているということは軽音楽部の部員だろう。バンドを組んでいるのだろうが彼以外に誰の姿も見えない。

「もう俺にはベースしかないんだよ。仲間も居場所もない。」

話を聞くと彼の所属していたバンドは路上ライブ禁止という部則を破って東京の交差点脇で路上ライブをしたらしい。それが帰宅途中の顧問に見つかり、解散することになったらしい。その後リーダーは退部、他のメンバーは不登校になったり、謹慎したりしているらしい。連絡を取ってみたが「話しかけないでくれ。」の一点張りだという。他のバンドにはもう既にベースはいるし、何よりも一度問題を起こした人間を仲間にしたくないと思っているのか新しく別のバンドに入るという選択肢もとれないそうだ。

「自業自得ね。」

話を聞き終わると御神はそう鼻で笑った。

「うるせぇ。んなこと分かってる。」

彼は舌打ちをしたが、本当に自業自得なことに気が付いているようで、悔しそうに舌を噛んだ。本当にまたやりたいのだろう。その評定を見て俺は思いついた。

「ねぇ、君…音楽は好き?」

「んぁ?好きに決まってんだろ。」

今更何を言っているんだというように彼は即答した。

「んじゃぁ、決まりだね。」

俺は申請書とボールペンを彼に渡した。

「なにこれ。部活申請書…?」

「そう。ピアノ部を作ろうとしててさ。音楽が好きな君にぴったりだと思って。」

御神は俺の考えに反対なのだろう。俺の肩を掴んでよくわからないことを何かごちゃごちゃ言っている。

「俺ピアノとかやった事ねぇし何も知らねぇよ?」

「別にいいよ。教える人ならここにいる。」

俺はそう言って御神を指さすと「何言ってるの?私は教えないわよ。」と大声で反抗した。

「本気でやるんじゃないの?俺は本気だけど。」

御神は口をつぐんだ。ピアノのプロからしたら何も知らない人間がピアノに触れることが許せないのだろう。一種のプライドみたいなものだろうな。気持ちは分かるが俺は絶対に彼に入って欲しかった。彼は本当に音楽が好きだと思ったから。

「御神さんの気持ちも多分だけど分かる。でも俺と彼を信じてほしい。必ず上手くする。御神さんにも協力して欲しい。」

「…分かったわよ。好きにすれば?」

そう言い残して御神はピアノ室から出て行ってしまった。

「あーぁ、出て行っちゃった。ごめんね、色々うるさくして。それで、君はどうする?入る?」

「入る」

案外彼は即答した。俺が渡したボールペンを手に取り、お世辞にも綺麗とは言えない字でサインした。

『部員 1-E 黒宮 時雨

    1-E 綾瀬 水澄

    1-F 白藤 音寧

    1-B 御神 葵

    1-H 佐伯 和真』

こうしてピアノ部5人目の部員が決まった。

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