第3話真面目なコ。

「あのー・・・時雨君」

ピアノ部の部員が3人になってから2週間がたったある日の昼休み、綾瀬さんがピアノ室に入って来て何かの紙を俺に向けた。

「これ・・・見てください。」

「校内新聞…?」

綾瀬さんが俺に見せてきたのは校内新聞だった。そこには『全日本ピアノコンクールアンダー20部門優勝!1−B御神葵みかみあおいさん』と大きな字で書いてあった。綾瀬さんの言いたいことは分かる。

「この人を誘いたいんでしょ?無意味だと思うよ」

「え・・・?時雨君、この人知ってるんですか?」

知ってるも何も一度勧誘した相手だ。彼女の家は代々ピアニストで確か彼女の父親は海外で今活躍中の御神真太郎だったはず。

「5月頃に既に一度断られ済みだよ。家のレッスンで忙しいしこんなお遊びみたいのに付き合ってられないんだってさ。」

「お遊び・・・ですか・・・」

綾瀬さんは少し悔しそうに視線を下げて唇を噛んだ。

「綾瀬さんの気持ちは分かるよ。俺らは本気でこれはお遊びなんかじゃない。」

「はい。もちろんです。」

綾瀬さんは俺の目を見て強く頷いた。確かに御神葵からしたらこれはお遊びに見えるかも知れない。でも御神がこの部にいた方がいいことには変わりない。

「もう一度、行ってみようか。」

「はいっ」

きっとまた「お遊びだ」と突っぱねられるだろう。そしたらもう一度尋ねるだけだ。

俺たちは1−Bに行って御神を呼んだ。

「久しぶりだね。」

「また?今日は何の用?」

呆れられているとこも気にせずに俺は「前と同じだよ」と笑った。

「まだお遊びのメンバーを探してるわけ?」

「お遊びなんかじゃありません!」

後ろからいきなり大きな声が聞こえた。驚いて振り向くとさっきまで俺の後ろで隠れていた綾瀬さんが肩で息をしている。

「私達は・・・本気です。」

綾瀬さんは自分でもさっきの声の大きさに驚いたのかまたいつもの声の大きさになり、恥ずかしそうに俯いた。

「…馬鹿にしていたのは謝るわ。でも言ったでしょ?私は家のレッスンで忙しいの。部活なんてやってられないわ。」

「ふぅん。そっか。」

そういう理由ならなんとでもなる気がするが本人がやりたくないならしょうがない。今日は帰ってまた新たな方法を考えるか。

「あのさ、御神さんってさ」

「何よ。まだなにか?」

「ピアノ、楽しくないでしょ。」

俺はそれだけ言って綾瀬さんと一緒にB 組を後にした。

「し、時雨君っ。さっきの・・・どういうことですか?」

「んー?そのままの意味だよ。」

俺はいつものように椅子に座ってグランドピアノの側板にもたれ掛かった。

「一度彼女のコンクールを映像でだけど見たことがあってね。」

綾瀬さんは御神葵がピアノを楽しんでいないということが附に落ちないのだろう。近くの椅子を持ってきて俺の前に座った。

「確かに御神葵の演奏は上手かったけど・・・苦しそうだった。必死に弾いてる感じがしたんだ。」

「苦しそう・・・ですか。」

俺は頭の中でもう一度御神の音を思い出した。

「聞いていてもちっとも楽しくなかったよ。」

きっと御神はピアノを嫌いになったわけではないだろう。また明日行ってみるか。

でもその必要はなくなった。放課後になってピアノ室に音寧が来たとき、御神も一緒にいた。

「あれ、来たんだ。」

「何よ。悪い?」

何をしに来たんだろう。部員になるなんて考えにくいし、レッスンがあるというのに暇つぶしに来たというわけではないだろう。

「ピアノ、弾く?」

俺は寝起きで重たい体を起こして御神が座れるようにトムソン椅子を引いた。

キィ…

椅子を引く鈍い音がピアノ室に響いた。

「弾かない。だって私、別にピアノ好きじゃないもの。」

「うん。知ってる。」

昼に俺が最後に言ったことが図星だったことが少し気に食わなかったのか、少しふてくされたような顔をしている。

「ねぇ私の音はどんな音?」

「ん?」

「白藤君に聞いたわ。貴方は人のピアノの音を何か他のものに例えるって。」

音寧がここに来るときに会ったのだろう。一緒に来るついでに色々聞いたってわけか。

「そうだな、御神さんの音は…壊れかけの琴…かな。俺はあんまり好きじゃないね。」

御神は何故かホッとしたような表情をした。

「壊れかけの琴…ね。よく言えてる。私も好きじゃないわ。」

御神は少し笑っているような気がした。自分の本当の音を気づかれたのは初めてなのかもしれない。ピアノのコンクールなんて所詮楽譜をどれだけ上手くなぞれるかで、音にどんな感情が込められてるかなんて審査対象外だ。審査員の1人や2人感じそうなもんだが。

「申請書、どこ?」

御神は暫く何か考えてるようだったが、考えついたようにそう言った。

「え?書いてくれるの?」

「えぇ。本気なんでしょ?私もピアノのこと本気で好きになりたいから。」

御神は何処か楽しそうだった。

申請書を渡すと御神は自分のリュックから筆箱を取り出し、ボールペンでサインをした。御神らしい右上がりの角張った綺麗で丁寧な字だ。

『部員 1-E 黒宮 時雨

    1-E 綾瀬 水澄

    1-F 白藤 音寧

    1-B 御神 葵』

「私も本気でやるから。手を抜いたら許さない。」

「うん。生半可な気持ちじゃないよ。」

こうしてピアノ部4人目の部員が決まった。

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