第2話嫌いなコ。

「クロぉ、帰ろぉ。」

ぎゅぅ

放課後になると音寧がピアノ室に入ってきて後ろから抱きついてきた。

「ん。」

ナデナデ

白藤音寧しらふじおとねは俺の幼馴染で幼稚園から体だけが大きくなっただけで性格が変わっていない犬みたいな男の子だ。

「部員集めはどぉ?」

「1人増えたよ。」

音寧は俺のバックを持った代わりに背中に飛び乗った。

「増えたの良かったねぇ。どんな子?」

「同じクラスの女子で大人しい子だよ。」

音寧は少しつまらなさそうな声で「ふぅん。」と言った。

「音寧は入ってくんないの?」

俺は音寧がピアノを弾けるということを知っているけどピアノが余り好きじゃないのも知っているから今まで誘ってこなかった。けどそんなことは言ってられない。もう高1の秋なのに部員は2人だ。そろそろ本気で集めなければ。

「いーよぉ。僕でいーなら。」

冗談紛れに勧誘すると音寧は呑気な声で快諾した。

「えっ?音寧ピアノ嫌いでしょ?」

「んんー。ピアノは嫌いだけどクロのことは好きだもーん。クロのためなら弾くよぉ」

「へへっ」と笑いながら音寧は俺の首に回していた腕の力を強めた。まさかこんな近くに協力者がいるとは。

「なんか書けばいーの?」

「ん。夜俺ん家泊まるでしょ?その時見せる。」

音寧は本当にピアノを弾いてくれるのだろうか。綾瀬さんとの相性はどうだろう…。

俺たちは一度コンビニに寄って少し季節外れのアイスを2つ買ってから帰った。アイスは半分に分けてお互いに分け合った。

「クロぉ、鍵忘れたぁ」

「ん。知ってる。」

俺らが幼い頃から音寧の両親は仕事が忙しいらしく、家を空ける事が多かった。家が隣だった俺の家はほぼ毎日音寧を迎え入れ、一緒に過ごした。音寧の第2の家族と言っても過言ではないだろう。

「ただいまぁ」

そう言って音寧は靴を脱いで俺の部屋につながる階段を登った。

「んぁー、クロのベッドやっぱ気持ちいー」

「はいはい。ほら、申告書書いてくれるんじゃないの?」

部屋に入るやいなや、俺のベッドに飛び込んだ音寧を体を揺すって起こす。

「んー」

音寧はムクリと起きて俺のリュックを漁って筆箱を取り出した。

「ボールペンね。」

「はぁい」

返事をしたくせに今手に握っているのは俺のシャーペンだ。本当に聞いていたのだろうか。

「眠いぃ」

あ、駄目だ。絶対聞いてないな。

「音寧、ボールペンっ」

「んぁっ。えへへ…ごめーん」

どうやら目が覚めたようだ。気が付いた音寧はシャーペンをボールペンに持ち替えた。申告書をしばらく見つめた後に部員欄に音寧らしいいつもの丸い字でサインをした。


『部員 1−E 黒宮 時雨

    1−E 綾瀬 水澄

    1−F 白藤 音寧』


「おっけぇ」

サインを書き終わった音寧は再びベッドに寝転んだ。

「音寧」

名前だけを呼んだことを不思議に思ったんだろう。音寧は起き上がって俺を見つめた。

「なぁに?」

「ありがとね。」

俺がそう伝えると音寧はニッコリと笑って「うんっ」と言って頷いてまた横になった。暫くすると穏やかな音寧の寝息が聞こえてくる。

「霧雨のような音だったな…。また聞けることになって嬉しいよ。ピアノの王子様」

俺はそっと音寧の頭を撫でた。

「んん…」

音寧は小さく寝返りをうったが起きる気配はまるでなかった。

クスッ

俺は小さく笑って部屋を出た。

こうしてピアノ部3人目の部員が決まった。

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