第2話

 白い陽の光に向かってメアは煙を吐き出す。

 朝の一服は格別だ。


 窓を開けると、鐘の音や子供たちの笑い声、鳩の羽ばたきが一斉に聞こえる。カバルは靄ばかりだと思っていたが、空は青く澄みわたり木々についた透明な朝露が煌めいていた。


 煙草を吸い終わるとメアは窓を開けたままにし、バッグの中から替えの洋服と革財布を取り出した。昨日の宿泊代はいくらなのだろう。札の枚数を数えて頭の中で皮算用する。


 ――バルクは、私に仕事をお願いしたいと言っていたけれど。


 そんな虫の良い話があるわけがない。メアは職業紹介所の受付係の冷笑じみた表情を思い出した。「その仕事に就く権限はありません」淡々とお役所口調でのたまった女の顔を思い返すと腸が煮えくり返りそうになり、メアは窓の外を眺めながらイソイソと着替えた。


 黒い長袖のTシャツの上にミリタリージャケットを羽織り、白いスキニーパンツを履く。革製のブーツの留め具を引いて固定し、裏側に革製の鞘で覆われたナイフを忍ばせた。

 脱いだ服をバッグにしまいこんでいるとドアをノックする音が聞こえた。


「メア、そこにいるか?」バルクの声だ。

「…います。開けますね」やや緊張しながらメアはドアへと近づき、覗き穴に目を凝らす。精悍な顔立ちの青年がそこにいた。

 一瞬そのまま信用していいのか不安が頭をかすめたがそれを呑み込んで金属製の扉を開ける。分厚い扉越しにバルクと目が合う。昨晩は燈火に照らされて薄らとしか見えなった顔の傷跡がよりハッキリと浮き上がっていた。

「おはよう」

「おはよう、ございます」

 メアの挨拶を聞くなりバルクはハハ、と短く笑う。

「敬語だもんなあ」

「あ、あぁ…ごめん」

「いや、まあ、そうさせたのは俺のせいだからな」言いながらバルクはメアに茶色い籐で編まれた籠を手渡そうとした。中にはパンや果物がギッシリと入っている。

「こんなに、もらえないよ」

「遠慮しないでくれ。もちろん、無理に食べてとは言わないけど」

「…ありがとう」お礼を言い、バルクから籠を受け取る。焼き立てのパンの香ばしい香りが鼻腔に広がった。

「入ってもいいかな。そこで話をしようと思っている」

「うん」

 バルクが部屋へと足を踏み入れると扉は音もなく閉じた。


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