adieu―prequel― 第1話

 “malum”。

 国の皆が最初に知る土地の名前。親の名を呼ぶより先に口にする言葉。

 教典が国を統べる教国mare《マレ》の訓えはその名を幾度も説く。


 俺もそう習ってきた。多くの平民と同じように親から教わり、学校で教わりそして十五で入隊してからは教官から教わり、教典の半分以上は完璧に暗唱できる。だけど覚えたところでそれは呪文じゃないし誰かを倒すことができないから、とどのつまりは相手を蹴るとか、殴るとか、普通に喧嘩になる。

 マレとは古い言葉で「海」を意味するそうだ。海と言っても軍が闊歩するこの国じゃ血の海ってとこだ。軍力は国力であり富を蓄え人を増やしますます国を豊かにすると教官が声を大にして言う。そうして入隊した大半の若者が苛烈なしごきを受けて力でものを言わすようになる。俺も例外じゃなかった。入隊後、十六で初めて敵の血しぶきを浴び、その日の夜初めて女を知った。二十の時に昇進し少佐の職に就いた。そっからはもう組織の世界だ。荒くれを束ねるのは容易じゃないし部下であろうとも罵声や怒号が飛び交う。てっとり早く場を収めるには戦地に赴くことだった。そこはマレの民、俺たちの先人たちが何百年と取り戻そうとあがく場所、malum《マルム》だ。

 土地の形状は単純だ。険しい荒波と砂漠の丘陵、土壁に覆われた粗末な建物。殲滅には造作もないことだ。ただひとつ――マルムにはマルムの奴らがいる。

 “malum”とは「悪」だ。教典にはマルムの民がマレの民を追放したとある。それがすべての始まりなのだと。だから俺たちがマルムの奴らを殲滅する理由はマルムを取り戻す他にはない。



 

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