#4 大っ嫌い

 ――次の瞬間、目の前の景色がグニャリと歪んだ。

 ギュルギュルとイヤな音がして、目に映る人や車も逆再生するように、後ろ向きに下がっていく。

 そして、小型犬と女の人が公園の出口の近くまで戻った時、フッと景色の歪みがもとに戻った。


「モカちゃん、だめ!」


 公園に女の人のさけび声が響いた。

 声の方に目を向けると、公園の出入口に向かって小型の犬がけたたましく吠えている。

 犬の吠える先には、鳩が低空で飛び去ろうとしていた。

 中年の女の人がなだめるように犬を抱きかかえる。

 その時、公園出口前の通りを黒い車が通り過ぎていった。


 え? いったい何が!?


 あの犬はさっき確かに黒い車に轢かれたはず。

 だけど、りるが「犬が車に轢かれて死んだ」と言った途端にその事はまるでなってしまった。


「りる、今のは……」


 僕の問いを遮るように、りるは素早く付箋に文字を走らせる。


『ルカ、今のことは誰にも言わないで』

「もちろん言わないよ。まあ、どうせ言ったところで信じてもらえないだろうし」

『ありがとう、ルカ』

「別にお礼言われるようなことじゃないと思うけど」


 りるは首を横に振り、意を決したように付箋に文字を書き込んだ。


『ルカ。聞いてほしいことがあるの』

「ん、なに?」

『さっき話したもう半分のこと』

「え、いいの?」

『ルカなら、いい』


 りるが付箋に何かを書き始めた。

「おどろかないでね」と書いたところで、僕を見つめる。

 僕がうなづくと、りるは続きの文字を書き入れた。


『私が言葉を話すと、それと反対のことが起きるの』


「え? そんなことって……」


 言いかけて、僕の中で全ての事が繋がった気がした。

 カメタンのこと、見学会の日のこと、そして今の公園でのこと。

 りるが言葉にしたこととは全てが反対の結果になった。

 いや、でもカメタンと見学会はまだ結果が決まってないことだったけれど、犬の事故は本当に起こったことだ。一度起こったことすらもなかったことにできるなんて……。


『そのことに気がついたのは小学校に入るころ。最初はときどきそんなことがある、ぐらいのものだったの。でも、だんだんそれが強くなって……』


 りるの手が一瞬止まり、ペンを持つ手に力がこもる。


『他の人にとっていいと思うことを話すと必ずその逆のことが起きた。ケガをした友達もいれば、モノがこわれたり、大事な予定がダメになったりした人もいる。だから私は人の前で話すのをやめたの。私のこの力は、誰か他の人に聞かれなければ働かないことがわかったから』

「そうか、それで普段は文字で話してたんだね」


 りるが頷く。


「でも、もし悪いことが起きたとしても、またそれを取り消すような『ウソ』を言えばいいんじゃない?」

『それはダメ。私も試してみたけど、一度ウソになったことは別のウソで変えることは出来ないみたい。それに、私自身に対するウソも効かないみたいなの』

「そっか……、すごい力なのにね。何だかもったいないなぁ」


 僕の言葉に、りるはうつむいて首を振った。


『こんな力ほしくないよ。私は、ふつうでいたい』


 あっ……。

 りるの言うとおりだ。

 すごい力かもしれないけど、この力を使うということは、そのたびにりるは周りからウソつきだと思われてしまうんだ。今の公園みたいな使い方をすれば、今度は大騒ぎになってしまうし。

 ミス・エイプリルフール。

 誰かがつけたニックネームだけど、僕らはなんてひどいことを言っていたんだろう。

 りるは普通にしていたかっただけなのに。

 きっとみんなと話して、笑っていたいはずなのに……。


「りる、ごめんね。りるがつらかったのを気づいてあげられなくて」

『ううん、ルカにわかってもらえただけでいい』


 そして、りるは「ありがとう」と書き添えた。


 りる……。


「よし、決めた! りるは僕の友達だ。りるのこと、これから僕が守っていくよ」

『でも、そんなことしたらルカにひどいことが起きるかもしれないし、クラスのみんなとも仲良くできなくなるかも……』

「大丈夫、僕は平気だよ。りるのその力、なんとかできる……かはわからないけど、きっと何かやり方はあるはずだよっ。りる、僕を信じて!」


 りるは少しの間僕を見つめた後、こくんと小さくうなづいた。


「よし、それじゃあ友達になったしるしに――」


 僕はランドセルに付けていたキーホルダーを外した。

 それは父さんに買ってもらった、地球と月のミニチュアが二つ一緒に繋がっているものだった。


「はい、りるにあげる」

『これはルカの大切なものじゃないの?』

「そうだよ、だからりるも大事にしてくれるとうれしいな」


 りるは少しの間迷っていたけれど、僕からキーホルダーを受け取ると照れたように微笑んだ。


『ありがとう。ルカのプレゼント、大切にするね』


 お返しのように、丁寧な文字で書かれた付箋を僕に手渡す。


 よし、何があってもりるのことを僕が守っていこう。


 決意する僕の前で、りるが付箋に何かを書きかけて手の中で丸めて握った。

 そして僕に向き直ると、慎重に言葉を選ぶようにつぶやく。


「私、友達なんてほしくないから。だからルカも私のこと、いつでも嫌いになっていいよ」


 そして、はにかんだ笑顔を浮かべてこう言った。


「私はルカのこと……ううん、やっぱり大っ嫌い」

「ん? 何だよそれ」


 待てよ、りるは自分にはウソつかなくても大丈夫なんじゃなかったっけ?


「ねぇ、りる。今のはホント? それともウソ?」

『教えてあげない』


 りるが僕のおでこに付箋を貼り付けて走り出す。

 僕は慌ててその背中を追いかけた。


 終

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ミス・エイプリルフールの優しい嘘 【掌編版】 椰子草 奈那史 @yashikusa

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