#3 衝突


 僕はりるに渡された付箋の言葉の意味を考えていた。


 カメタンがいなくなった時、りるはカメタンには二度と会えないと言ったけど、すぐにカメタンは見つかった。

 社会科見学会の時は、ほぼ確実に雨の予報だったのに、りるが一日中雨で動物園に行けないと言ったら次の日は曇りに変わった。

 そのことだけを見れば、りるはウソをついたことになる。

 だけど、りるはウソは言っていないという。


 これはどういうことなんだろう。

 りるがウソをついてないとしたら、りるは本当のことを言っていて、でも実際に起こったのはりるの言葉とは反対のこと……。

 はあ……なんだかよくわからないな。


 りるに聞いてみたいけれど、りるは不機嫌そうに横を向いたままで、気まずくて聞けなかった。


「えーと、りる。さっきはゴメン。りるのこと、よく知ってるわけでもないのに無責任なこと言っちゃって……」


 りるは真意を計るように黙って僕を見つめていたが、ひとつ大きく息をつくと側のベンチに座った。


「となり、座ってもいい?」


 りるが頷く。

 僕はりるの隣に座ると、りるに渡された付箋に再び視線を落とした。


「りるが言ったことを考えてみたんだけと……やっぱりわからなかったよ」


 りるが手元の付箋に書き込む。


『もう、いいよ』

「あ、でもね。自信はないんだけど、もしかしたらと思ったのは、りるが口にしたことって『そうなってほしくないこと』なんじゃないのかな」


 りるが小さく「えっ」と声を漏らして目を見開く。


「あ、やっぱり違う? ゴメンね、僕もそれ以上はうまく考えがまとまらなくて……」


 りるが再び付箋に文字を走らせた。


『半分、あたり』

「えっ、そうなの!? はぁ、よかったー。じゃあ、あともう半分はなに?」

『まだ言いたくない』

「そっか……うん、まぁいいや。りるが言ってもいいと思ったら教えてよ」

『わかった。……ありがとう、ルカ』

「え? いや、お礼を言われるようなことはしてないと思うけど」

『気づいてくれたことがうれしい。私、前の学校でも今と同じようだったから』


 りるが唇を固く結んで目を伏せる。


 うーん、まだわからないことの方が多いけれど、りるは僕を信じて秘密を教えてくれたのかな。

 なんとかりるを元気にしてあげられればいいけど……。


「そうだ、りるは星とか見るの好き?」


 いきなりの質問に、りるが思わず首をかしげる。


『……うん、きらいじゃないけど』

「じゃあさ、ウチに遊びに来ない? 僕は好きなんだ。お父さんと一緒に山で撮った流れ星の写真とかもあるんだよ!」


 急にテンションが高くなった僕に、戸惑いながらもりるは少しだけ笑顔を見せた。


『うん、見てみたい』

「よーし、じゃあ行こう! ほら、立って立って」


 こうして、僕とりるが公園の出口に向かって歩き出した時だった――。


「モカちゃん、だめ!」


 公園に女の人のさけび声が響いた。

 声の方に目を向けると、公園の出入口に向かって走るリードの外れた小型の犬と、その後を追いかける中年の女の人の姿が目に入った。

 小型犬は低空で飛ぶ鳩かなにかを追いかけているのか、そのまま公園の出口を飛び出して横断歩道に走っていく。


「あっ!」


 僕とりるは同時に声を上げていた。

 激しいブレーキ音とともに、横断歩道に入ってきた黒い車に、小型犬は弾かれたように宙を舞った。

 一瞬遅れて、女の人の悲鳴が上がる。

 小型犬は道路の端に叩きつけられて転がったまま動かなかった。


「りる!?」


 近づいていこうとするりるを、僕は腕を引いて止めた。

 女の人が胸に犬を抱えて何度も名前を呼んでいる。

 犬の白い毛並みは赤く染まっていた。

 ダラリと垂れ下がった頭と足が、遠目から見てもマズい状況なのがわかった。


「あ……あ……」


 りるが嗚咽を漏らす。


「りる、可哀想だけどたぶんもう無理だよ。見ないほうがいい」


 だけどりるは首を大きく横に振って、二、三度大きく息をつくと、犬と女の人を指さす。

 そして、はっきりとした声でこう言った。


「小さい犬が車に轢かれて死んじゃった」


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