#2 ミス・エイプリルフール

 カメタンの脱走事件から二週間くらい経ったころ、事件は再び起きた。

 その日、昼休みの教室ではクラスのほとんどの子が窓際に集まって空を見上げていた。


「雨、止まないなー」

「一番新しい天気予報、明日は1日中雨だって……」

「えー、朝の予報は『曇り一時雨』だったのに」


 明日は市の動物園へ社会科見学会に行く日なのに、ここ何日かで天気予報はどんどん悪い方へと変わり、ついには一日中雨に変わってしまった。

 雨の時は、見学会は中止になると先生は言っていた。


「あーあ、行きたかったなー」

「レッサーパンダの赤ちゃん、見たかったね……」


 みんなが顔を曇らせていると、ひとりで席に座っていたりるが立ち上がり教室の窓際までやってくる。

 そして、クラス中に響く声で言った。


「明日は一日中雨で動物園には行けない」


 りるはそれだけ言うと、あっけにとられるクラスのみんなに背を向け再び自分の席へ戻っていく。


「なんだよ! 卯ノ月、そんな事わざわざ言わなくてもいいだろっ」

「そうよ、みんな残念がってるのに!」


 非難の声が上がっても、りるは何も言わず席でうつむいたままだった。


 ――翌日。


 朝起きて窓の外を見ると、空は曇ってはいたけれど雨は降っていなかった。

 急いでリビングに降りて天気予報を見ると、僕の住む街のあたりは夕方までは曇りの予報に変わっていた。


 こうして、動物園への社会科見学会には無事行けることになったけれど、りるはすっかり「ひとを悲しませる嘘をつくイヤなヤツ」というレッテルを貼られてしまった。

 誰が言い出したかは知らないけど、陰でりるのことを「ミス・エイプリルフール」と呼び始めたのはこの頃からだった。

 前に先生が「卯の月とは四月のことです」と教えてくれたのと、「嘘つき」を引っかけたものなんだろう。


 社会科見学会のあいだ中、りるはほとんどひとりだった。

 僕はりるに声をかけようかと思ったけれど、その勇気が出なくて結局距離を置いたままだった。

 見学会が終わりそのまま解散となった時に、担任の佐久先生が僕を呼び止めた。


「上冬君、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

「はい、なんですか」

「卯ノ月さんのことなんだけど、引っ越してきたばかりでまだこの街に慣れてないと思うの。卯ノ月さんの家は上冬君の家と近いはずだから、一緒に帰ってくれないかしら」

「えー!? 僕がどうして――」

「あら、上冬君の遊んでるゲームのキャラはナイトじゃなかった? ナイトというのは女の子を守ってあげるものなのよ」

「んー、ズルいなぁ、そういうの」


 僕は目でりるの姿を探した。

 あちこちに出来ている友達同士の輪から外れて、りるはひとりでポツンと立っている。

 僕はため息をついて先生に向き直った。


「わかりました、僕がちゃんと連れて行きます」

「ふふ、頼もしいわね。それじゃお願いするわ、上冬君」


 そう言うと佐久先生は別な子達のところへ向かっていった。


「りる!」


 僕の声に、りるは肩をビクッとさせて振り返る。


「りる、佐久先生に頼まれたから、帰りは一緒に帰ろ」


 りるは戸惑ったような表情を浮かべた後、付箋に素早く文字を走らせる。


『ひとりで帰れるからだいじょうぶ』

「ほんとに? じゃあどっちに歩いていくつもりだったの?」


 りるはちょっと考えた後、ある方向を指さした。


「ブブー、はずれ。正解はあっち。ほら、帰ろうよ」


 不服そうな顔をしながらも、りるは僕について歩き始める。

 僕はクラスのみんなの目を気にして、りるとちょっと距離をとりながらその場を離れた。

 五分くらい歩いて、周りに学校のみんながいなくなった頃、僕は歩く速さを落としてりるの隣に並んだ。


「たぶん、30分くらい歩くから」

 僕の言葉に、りるが黙って頷く。


 ……。


 困った。この間をどうしたらいいかわからない。


 りるが転校してきた直後は少しは話をしたけど、女の子達がりるに声をかけるようになってからはあまり話してはなかった。

 そしてカメタン事件の後は、時々僕が話しかけてみてもりるはあまり答えてくれなくなっていた。

 しかたなく、僕は適当な話をりるに振ってみる。


「りるはどうして転校してきたの?」

『お母さんのしごとだから』

「ふーん。僕もお父さんのしごとで小学校からここに引っ越してきたんだ。星の観測とか研究をしてるんだよ。りるのお父さんは?」

『お父さんはいない』

「あ、ゴメン……悪いこときいた?」

『だいじょうぶ』


 僕達はそれからとぎれとぎれに会話をしながら歩き続けて、街の大きな公園の近くまでたどり着いた。


『ありがとうルカ。もう、道わかるから平気』

「そう、わかった。……ねぇ、りる」

『なに?』

「りるは話せるのに、どうしていつもは黙ってるの?」

『言いたくない』

「うーん、言いたくないならしかたないけど。でも、黙っているのはいいとして、どうしてみんながいやがるようなウソをつくのさ」


 その瞬間、りるが顔を強ばらせて付箋に乱暴に何かを書き殴った。

 付箋を僕の手のひらに押し付ける。


「りる!?」


 僕は手のひらの付箋に視線を落とした。

 そこには、乱れた文字で「ウソなんか言ってない」とだけ書いてあった。

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