ミス・エイプリルフールの優しい嘘 【掌編版】
椰子草 奈那史
#1 りる
そのちょっと変わった女の子が転校してきたのは、小学五年生の時だった。
朝、先生と一緒に教室に入ってきた黒髪を肩まで伸ばした華奢な身体つきの女の子は、少し緊張した様子でみんなの前に立った。
『
黒板にそう書かれた名前の後ろに、女の子がさらに文字を書いていく。
『わたしは、人とおはなしができません。なので文字で書いてつたえますので、よろしくおねがいします』
ざわつく教室に、担任の佐久先生が言葉を続ける。
「卯ノ月さんは、事情があって普通に話すことが難しいとのことです。でも、みんな卯ノ月さんが早くこのクラスに馴染めるように、仲良くしてあげてくださいね」
はーい、と元気な声が教室に響き渡る。
りるの席は空いていた僕の隣になった。
「よろしくね、卯ノ月さん、僕は
僕の言葉に、りるは小さめの附箋に素早く文字を走らせる。
『よろしくね、ルカ。わたしも、りるでいいよ』
そして、りるは控えめに微笑んだ。
クラスのみんなが積極的にりるに話しかけるようにしたこともあって、りるはだんだんとクラスに馴染んでいった。
りるは人と話をする時、常に持ち歩いている付箋を使って文字で言葉を伝えた。
最初のころは戸惑いもあったけど、みんなはなんとなくそういうものだと思って自然と受け入れていった。
※※※
その事件が起こったのは、りるが転校してきて1ヶ月くらい経ったころだった。
朝、教室に入るとクラスのみんなが騒いでいる。
「どうかしたの?」
「あ、ルカ。大変だよっ、カメタンがいなくなっちゃった!」
カメタンは、クラスで飼っている小さな亀だった。
普段は水槽の代わりの底の浅いガラスの器で飼われていたけれど、昨日のお世話当番だった怜奈ちゃんが、うっかり器の上に乗せる重りを忘れてしまったらしい。
カメタンの置き場所は、冬の時期以外は教室の外だったから、そのまま逃げ出してしまったようだった。
クラスの男の子達が外の花壇や木の植え込みのあたりを探し回っていたけど、見つけたという声は上がらなかった。
昨日の当番だった怜奈ちゃんは机に顔をつけて泣きじゃくっていた。
数人の女の子達が怜奈ちゃんの周りで、大丈夫だから、きっと見つかるよと慰めの声をかけている。
その時、混乱するクラスの様子を黙って見ていたりるが、不意に席から立ち上がった。
そのまま怜奈ちゃんの前に来ると、大きな声で言った。
「カメタンはもう二度と戻ってこない」
騒がしかった教室が静まり返った。
一瞬の間をおいて、怜奈ちゃんが一層声を張り上げて泣きじゃくる。
近くにいた別の女の子が声を上げた。
「ちょっと、りるちゃん、どうしてそんなヒドいこと言うの!? ……それに、りるちゃんは話せなかったんじゃないの?」
クラスのみんなが思ったことを、その子は的確にりるに投げかけた。
だけどりるは何も言わずに自分の席に戻っていく。
「待ってよ、りるちゃん ――」
その時、外から「いたぞっ、見つけた!」と男の子の声がした。
手に亀を持った子が教室に駈けこんでくる。
「すごい! どこで見つけた?」
「あの角のチューリップの花壇のところ!」
「ええー!? そこはさんざん探したのになぁ――」
こうして、カメタンの件は事なきを得た。
だけど、りるとクラスのみんなとの間にはこの時から微妙な溝が出来てしまった。
この事件の後、りるは再び何も話さなくなり、クラスのみんなはりるのことを「話せないフリをしているイヤなヤツ」という風に思い始めていた。
僕は、何度かりるに「みんなにちゃんと話した方がいいよ」と伝えたみたけれど、りるはその事に答えようとはしなかった。
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