【011話】ミアの実施試験
夜を迎えたゼピアの街はひんやりと気温が下がり、人の往来もまばらだった。
漂うようにアテもなく街を
「名前はフレア・ミア。年齢
塔の上から黙ってミアを見つめているフレアは、なぜか目を離せない自分の気持ちに困惑しているようだった。
恐らくはフレア自身の境遇に関係があるのだろうとイチルは想像していた。
天涯孤独の住所不定無職女と、ひとり施設に残され自立し生きるしかなかった自分の境遇を重ね、放っておけないのは理解できた。しかし――
「悪いが
「でも……。あの人、私にはそんな悪い人に見えないもん」
フレアの言葉を聞いていたかのように、よそ見をしたミアが石畳の地面に足を引っ掛けて転んだ。擦れて汚れた膝をさすりながら鼻をすすった。その表情は面接の時と正反対で、地の底まで叩き落されたように沈んでおり、この世の終わりを想像させるほど悲壮感が漂っていた。
「ね、ねぇ、やっぱりあの人、ウチで雇っちゃダメかな。ほらあの人、お給料の希望額も他よりずっと低めだし、住み込みで働けるって!」
「雇うのは勝手だ。しかしこれは慈善事業じゃない。施設に必要のない人材を採用したところで、お前には一銭の得もない。11億もの金を借りてる事実を忘れるなよ。常に頭の隅に置いておけ」
あう~と涙目になったフレアは、唇を噛み、「だったら」と人さし指を立てた。
フレア曰く、幾つかミアに試験を出し、もしそれをクリアできたなら雇ってはどうだろうという提案だった。
「好きにするといい。……無駄だとは思うが」
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――
こうして始まった『ミアの実地試験』は、フレアの望む能力試験の
明らかに不審な人物による勧誘話、不審者からの突然の攻撃、街を
「コイツは本当に80を過ぎたHE《ハーフエルフ》なのか……? そもそも常識というものが欠如している。怪しい投資話にすぐ飛びつき、毒のあるウサギを撫で回し、殴りかかられれば護るべき対象者を無視し怯えて
経歴書を指で弾いたイチルは、ミアの目の前に棒を転がし不審者を接近させてみた。しかしミアは隠れてビクビク怯えるばかりで、試験の甲斐はまるでなかった。さすがのフレアもその様子に落胆したのか、言葉少なにため息をつくしかなかった。
「もう十分だろ。職を転々としてるのも、十中八九
しかしフレアは簡単に首を振らなかった。最後に一つと提案し、
「会った時にも聞いていたが、そんなに重要なスキルなのか?」
「じゅ、重要なの! 縫製スキルがあるのとないのとでは、後の質に大きな差が出るって、お、お父さんが言ってたもん!」
「はぁ」と生返事するイチルの冷たい視線を誤魔化し、エキストラとしてスカウトしたエルフの少年に耳打ちしたフレアは、これでお願いしますと頭を下げた。
意味があるのかねと呆れるイチルをよそに、フレアはミアを応援するように両手を握り、願いを込めて頑張れと呟いた。
ふらふらと力なく歩いてくるミアの前に、不自然なほど大きな布切れが風に乗って飛んできた。そして次の瞬間、ご都合主義的に、どこからか「お姉ちゃん、それ掴まえて!」と声がかかった。
目の前を漂う布を何気なく見ていたミアは、声に気付いて考えるより先に手を伸ばした。高台で崖状になった岩の縁にもたれる形でどうにか掴まえたミアは、重く分厚い布を抱え、「ふぅ」と息を吐き、額の汗を拭った。
「ありがとうお姉ちゃん。おかげで下の泉まで飛ばされずに済んだよ」
崖下に落としてしまわぬよう慎重に持ち上げたミアは、くるくると適当に丸めてエルフの少年に手渡した。ありがとうと礼を言った少年にミアも同じように頭を下げ、「どういたしまして」と微笑んだ。
「これからまた大雨が降るって言うし、キャッチしてくれて助かったよ。これでどうにか屋根の補修を続けられそうさ。ありがとう、じゃあまたね!」
「こんな夜中に屋根を? 大変ですね」
「別になんてことないさ。それに俺、ずっと一人だからさ。自分でやらなきゃどうにもなんないから」
「お父さんやお母さんは?」
「ずっと前からいないよ。自分で働きながら暮らしてる。だけど少し前にあそこが無くなったろ。それで今は冒険者も減っちゃってさ、少しだけ大変かな」
「そっか。……みんな大変なんだね。私も頑張らなくっちゃ」
「あれ、お姉ちゃんも仕事なくなった口? ま、生きてれば色々あるよな。お互い頑張ろうぜ」
あの子供なかなかいい演技をするなとイチルが感心している間も、フレアはソワソワしながら握った手を固めて祈り続けていた。身内の再現ドラマでも見ているようで、イチルは視線を外し、フレアに悟られぬように笑みを噛み殺した。
暗い顔をしていたミアは、少年の声掛けに「そうね」と頷き、今度は「よ~し!」と腕まくりしてグルグル腕を回した。
「急にどうしたのお姉ちゃん?」
「屋根の補修、私も手伝っちゃおうかな。どうせ暇だしね」
「ホント? それは助かるかも。ならこっちこっち、もうすぐ雨が降りそうだから急ぐよ」
崖際の丘の上に建てられた
「ほらお姉ちゃん、急いで急いで。俺そっち周るから、上から布受け取って」
「わ、わかったから、少しだけ待って。最近色々あって、ちょっと疲れてて。あー、腰が痛いッ!」
よろよろしながら建物の屋根によじ登ったミアは、手を伸ばす少年からどうにか布を受け取り、「そこに張って」という指示の通り、布を広げて屋根に置いた。
「お姉ちゃん、そのまま布を貼ってほしいんだけど、何かいい方法ある?」
「え゛?! ええと、どうだったかな……、ちょっと待ってて」
フレアが指示したままの台詞を
思うところはそれぞれだなと
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