【010話】フレア・ミア
「なのにスペイダー卿ったら酷いんです。『貴方はずぶぬれの野良犬よりスプラッターで
おどろおどろしいパッケージに包まれた饅頭をフレアの前に置いたミアは、パクパクと持参した饅頭をかじりながら、前職である貴族邸で受けた仕打ちを饒舌に語った。『それはお前のせいだろ』というツッコミどころを匂わせながら、女は小一時間、ただただ一方的に喋り続けた。
「あ、こちらも知っていますか。最近ロベックへ越して行った旧ゴルア邸に住まわれていたマルムス卿のお話。なんでも本当はお仕事ではなく、奥様以外の女性とのっぴきならないご関係になっていらしたとか。それで三行半を突き付けられたマルムス卿は、伯爵の身分を剥奪されてしまったとか、違うとか。ホント、人は見かけによらないですよねぇ。もぐもぐ」
「あ、あの……、すみませんミアさん。お話中のところ申し訳ないのですが、少しだけ質問にお答えいただけますか?」
「ええ、ええ、なんなりと。なんでも聞いてください。噂話から、カリプト山菜の炒めものの隠し味まで、なんなりと!」
「こちらに書かれている経歴やスキルは、その……、本当なのでしょうか。例えば縫製スキルや料理のスキル、回復術や対モンスター棒術なんてものまで書いてありますが……」
「ハイ、一通りなんでもできますッ! 各地の公卿様や王族の皆様のもとで働いておりましたので、様々な要望に応えるため、色とりどりのスキルを心得ておりますです!」
目を輝かせ演説を始めたミアは、関わった人物とその聡明さをまるで自分のことのように語りながら、どんな出会いがあり、どうクリアしてきたかを聞いてもいないのに雄弁に語った。
「あの……、例えば縫製スキルだと……?」
「お召し物の製作から、大きいものですと建物外観の鉄板張りまでなんでもござれです!」
本当かよと呆れるイチルに対し、フレアの反応は対照的だった。
どこに心を掴まれたのか、ふむふむと興味深そうに話を聞いていた。
しかしイチルは、その胡散臭さから、俺なら二秒で不採用だなと頭を抱えて首を振った。
「ええと、働いてもらう期間の確認なのですが……」
「さ、採用ですか?! でしたら今からでも働けます。あと、一つだけ要望というか、お願いがありまして、実はスペイダー卿のお宅を出されてしまったものですから、実は住むところがなくて、よろしければ住み込みで働かせていただけないでしょうか!」
ぐぐっとフレアに顔を寄せたミアは、不器用な営業スマイルを浮かべながら手を握った。どこまでも図々しい奴めとイチルが割って入ろうとしたが、フレアは無下に断ることもせず、困惑の表情を浮かべるだけだった。
「あの、私、なんでもします。身の回りのお世話やお食事の準備、設備の管理から怪我人の治療まで、本当になんでもします。ですから、私をここに置いてください、お願いします!」
テーブルの上で正座し三指ついて土下座したミアは、勢いだけで押し切ろうとにじり寄った。しかしこんな茶番で重要な従業員を決められてはたまらないと、イチルはミアの首根っこを掴み、ポイっと小屋の出入口へ投げ捨てた。
「はいはい、面接はここまでな。合否はギルド経由で数日内に連絡しますと。ま、……アンタが合格する確率は極めて低いと思うけどな」
ガーンと大口を開いたミアを外へ摘みだしたイチルは、「そこをなんとか」と粘るミアを無視し、ピシャリと扉を閉めた。それからしばらく外で騒いでいたが、数分もすると諦めて帰っていった。
「なんだったんだ
台風のように去っていったおかしな女によって場は荒らされたものの、それなりの成果はあったとイチルは満足そうに紙束を揃えた。しかしフレアは、怒涛のように過ぎていった非日常の時間に意識が追いつかないのか、放心したまま、まだ気が抜けているようだった。
「直接見て感じた印象と、能力とスキル。そして僅かな直感を含め、誰を雇うか決めろ。それらしい者がいなければ雇わなくても構わない。それも一つの判断だ。その分、仕事は停滞するけどな」
「誰かを雇うなんてものは、どこの世でもそんなものだ。時に裏切られ、逃げられ、失敗しながら進めていくしかない。なるようにしかならん」
「でも~。みんな私の顔をちらちら見ながら、こんな子供を騙すくらい楽勝楽勝って顔してたもん。それくらい私もわかるんだからね」
意外と冷静に見ているじゃないかとニヤけたイチルは、なら一つ提案してやると指を立てた。本来ならば御法度の裏技ではあるが、異世界ならそれもまた有効という飛び道具的提案だった。
「いっそのこと採用希望者の素の姿を見てみればいい。フレアを小馬鹿にしていた奴らは問題外として、目ぼしい人物には俺の裁量で《追跡》を付与しておいた。確認したい人物の行動を、実際にその目で見て決めるといい」
「えッ、そんなことできるの?」
「一部界隈じゃ常識的に行われている手法だ。フレアはダンジョンのこと以外も、まだまだ勉強が必要だな。良い機会だ、ついてこい」
そうしてイチルとフレアは、独断と偏見で最終審査へと進んだ12名の追跡調査を開始した。熱心に小さな行いも見逃さぬように
「目ぼしい奴らは勝手に見回ってみるつもりだったが、やはり下調べは重要だな。中にはろくでもないのも混じっているようじゃないか。……コイツなどは、顔を変えてはいるが、ギルドのお尋ね者だろ。口八丁手八丁、誤魔化しながら逃げ回ってるんだろうな。後でギルドに連絡しておこう」
「え、何か言った?」
「いいや。それで目ぼしい人物はいたのか?」
「どうだろう。でもやっぱり、人の裏側を見るってあまり気分がいいものじゃないよね」
「上辺の関係性などしょせんそんなものだ。残すところいよいよ最後の一人のようだが……、本当にコイツも見るのか?」
手元に残った一枚の紙をイチルが弾いた。
そこには記憶に新しい、
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