36.目を覚まして欲しいですわ
私は一人でグリンド家を訪れ、ご家族へ手土産のお菓子を渡してからシュナイツァーの部屋に案内された。
細やかな装飾がされたレースカーテンが日に照らされ、その影がベッドに模様を作っておりすごく綺麗だった。
眠っているシュナイツァーは穏やかな表情。
魔法で補ってるとはいえご飯が食べられないから当然少しずつ痩せていってる。
女中が「ごゆっくりどうぞ」を席を外していつも通り二人きりにしてくれる。
そうすると決まってベッドの下からパルパル様が出てきて、シュナイツァーの枕と首の隙間にきゅっと入りこむ。
「パルパル様、こんにちは」
「こんにちは、美月さん」
「シュナイツァーとラング様はどうですか」
「ラングは元気なようです。心の中でシュナイツァーに呼びかけてるのは分かるのですが、私達はさすがに入り込めません…二人で何を話しているのかも」
「待つしかないんですね…」
「こちらの声は聞こえてる筈です。ぱる、ぱる〜っ」
パルパル様がそう鳴くと、シュナイツァーが「んっ?」という感じの表情に一瞬動いて元に戻った。
「こう鳴くと反応してくれるんです。私がぱるぱる、しか言えない時までが、彼が一番幸せだったのかもしれません。美月さん、いえハリエッタとキスもしましたし」
「あ、あれはっ…私の中では仕事の一環でノーカンというか。ビジネスでした、完璧に。大体あれはラング様としたようなもので…シュナイツァーとキスした、とは言えないです」
そういえばキスしたんだったわ、くらいになってるもの。
ラング様が「じゃあキスしようか」と軽〜い口調で言ってさらっと済ませてしまったからそうなんだろう。シュナイツァーの真面目で照れ屋な態度だったらきっと忘れかけたりしないわ。
「シュナイツァー、聞きました?あなたは好きな人に何も伝えられてないのよ。起きなさい。やり直したらどう?」
パルパル様が猫パンチでシュナイツァーの頬をてしてし叩いてる。
「パルパル様、赤くなっちゃうから程々に…猫パンチって結構痛いんですよ」
「寂しいんです、私も。それにずっとここにいるわけにはいかないんです…解決したから帰ってくるように言われてます。私がいる内に目覚めて欲しいんです!ラング。ラング!しっかり説得してください。言葉の神ならなんとか出来るでしょう…っ!」
「パルパル様…」
猫は感情では涙が出ないんだろうけど、パルパル様は特別だからか綺麗な猫目からきらりと光るものが溢れていた。
パルパル様がわがままを言うなんて始めてだ。
そうよね…シュナイツァーは良い子だもの。
シュナイツァーとパルパル様が悪い関係では無かったというのもわかるし、このままお別れも言えないで離れるのはお互いに絶対後悔するわよね。
なんとかシュナイツァーを目覚めさせたいわ。
けど、私は何日も通って語りかけてる。手や頭を触ってみたりもしてる。魔法で部屋の空気を変えてみたり、歌を歌ってみたりも。
これ以上何をしたら良いのかしら。
まさかやっぱりキスしかないの…?
ルーベルンが好きなのにまた仕事でシュナイツァーにキスする?
それでシュナイツァーが目を覚ましたとして、その後婚約はやっぱり破棄で結婚は出来ないって言わなきゃいけないのよね。
人間としてどうなのかしら、それは…私だったらどんなイケメンでも、許したくないわ…
自分の事好きだって分かってる相手に、助ける為とはいえキスして、目が覚めたら
じゃあ俺他の女性と付き合うんで、良かったねー
なんて言われる感じでしょ?
それはぶっ飛ばしたくなるわ。だめだめ。
諦めないわ。
友人として助けられる事がある筈よ。
♢♢♢♢
「シュナイツァーが起きない理由として、一番に考えられるのが現実と向き合う恐れだと思われます」
グレース家に帰ってからパルパル様が焦っているとルーベルンに相談してみた。
ある程度のお付き合いや公務から解放された夕食後。今日はパーティなども無いので、あとは寝るだけというゆったりした時間だ。
ベランダで暖かなお茶を飲みながら、私達は静かな夜風に身体を撫でられながら二人きりで話してる。
「まだ彼は現実から逃げてるの…?こっちの声は聞こえるってパルパル様が言ってたから、もう大丈夫よって呼びかけてるんだけどな」
「…大丈夫ではないでしょう。シュナイツァーにとって一番大事なのはハリエッタが自分と一緒になってくれるかどうかです。それが確定してないのに戻る勇気がないのでしょう」
「…っ」
かちゃっ、とカップの音を立ててしまう。
お茶が少し溢れてしまったわ。
ナプキンで拭ってから私は
「私にはルーベルンがいるから、そんな軽率なことは出来ないわよ」
とつぶやいた。
「ルーベルンが真剣に私を好きでいてくれるのに、他の男性にキスなんて出来ないし…」
「美月さん…いえ、ハリエッタ。あの。何の話をされているんでしょうか」
「え?ルーベルンは私の事好きなのよね、って話よ」
「はい」
「だからシュナイツァーにキスは出来ないっていう事になるでしょ」
「……確かに、面白くはありません。娘を取られた父親の気分とはこういうものなのだ、と痛感しました」
「ん?は?ちちおや?」
「はい」
んん〜??
「ルーベルン、私を恋愛対象として好きなんじゃないの…?」
「恋愛対象?!とんでもない、そんな、畏れ多いです!美月さんへの気持ちはとても複雑なんです。赤ん坊の頃からずっと見ていて…教育もしてきたので可愛い娘やきょうだいに近いというか。ですが尊敬もしてるし、守って差し上げたい。この身を捧げても構わないと思わせてくれるくらいに大切な方です」
それは嬉しいんだけど。
あれ?
やっぱりこれって主従関係じゃない?
私はずいっと身体を寄せてはっきり聞いた。
「じゃあ私とキスとか子供作るとかは?」
「とんでもありません!キスはもうご遠慮ください、僕の心臓が保ちません。恋人になんてなったら僕は死んでると思います」
ルーベルンは真っ赤になって顔を背けた。
ええ〜…
恋人になってるつもりだったんだけど…
まさかのおとうさん魂を持つボディガードだった。
そういえば色っぽい展開はいつも私が勝手に想像していただけで、ルーベルンはそんな感じだったわ。
何これ恥ずかしい。
「シュナイツァーを目覚めさせるにはキスしかないんじゃない?ってキャロレンと話していたのよね」
私が「けっ」と密かにやさぐれてそう言うと、ルーベルンは「面白くは無いですが…」と複雑そうな表情になる。
「人命がかかってるというなら、僕には止められないです。お二人が結婚するというならそれはそれで。美月さんが幸せなおそばにいられれば僕は幸せですから」
何それ、博愛主義者ってやつ?
ルーベルンも魂の管理者出身だから私と好きっていう感覚の認識が違うのかしら…
ともあれ、これでシュナイツァーに心置きなくキスを試す事が出来るのだ。
私振られたのかしら?
いや大事って言われたわよね…
そう混乱しながら、その夜は更けていった。
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