31.キャロレンはやっぱり可愛い妹ですわ


子供の頃、お姫様を助けに行く王子様よりも最前線でヒーローとヒロインが一緒に戦っているような戦隊ものが好きだった事を思い出したわ。


ちょうど夕焼けが見えてきて人目もつきにくい時間。


ルーベルンの風の魔法でグレース家に向かい、「僕が上手く見張りを誘導しますのでキャロレン嬢の部屋に行ってください」と空中に書かれた光の地図で道程を説明される。


その通り過ぎる地図の中に、私が初めて頑張ったキャロレンお気に入りの花壇もあった。



「女神への時間稼ぎがキャロレンの部屋に行く、で良いのかしら?キャンベング家には行かないの。グレース家の人達を巻き込みたくないわ」


「キャロレン嬢は女神の大切な魂です。穢されそうだったら必ず来ます。僕達はこれからキャロレン嬢に真実を話し、純粋では無くなってもらう」


「この壮大な真実を話したところであの子の魂が穢されるかしら。話が通じるかも怪しいわ」


「ええ。そこでパルパル様に課せられていた淫魔シナリオの応用です。僕の実体化した身体を使って、キャロレン嬢の魂を反応させる」


ルーベルンは一瞬風に包まれたかと思うと、どういうわけかエメリスお兄様に姿を変えた。


「あら、お兄様…?どうして?」


「僕も半信半疑なのですが…キャロレン嬢は求婚者をわざわざグレース家に沢山来させていたでしょう。まるで「だから大丈夫」というかのように。純潔で死なねば良い糧にならない、それには叶わぬ片想いが一番効きますから」


「…まさか、ね」


「僕の憶測です、何も考えてないかもしれない。ですが確認して利用みる価値はあるかと」


私の周りは皆女神に魂の色付け工作されていたのかしら。

自分の人生なのに、操られていてずっと自分の人生じゃなかったなんてこの世界が一気にドールハウスみたいに見えてきた。

そう考えてると、ルーベルンが察して言ってくる。


「僕も同じです。自分の人生を生きてるんだと思っている全員に多かれ少なかれシナリオは課せられてるのに、皆自分の力と運命だと受け入れていたから。見ていられなかった」


「そういう人が世界を支えてるんだから、悪いことばっかりじゃないけど。今回みたいに悲しいシナリオをやたら増やされないようにしなきゃって事よね」


シュナイツァーに大声練習を見られた場所に着く。ここで見つかったのも良かったのよね。


緩やかに止まっていく風から降り、私は「さあ、行くわよ」とルーベルンの手を引いた。


「美月さん」


「ハリエッタで良いわよ、今からは」


どちらも大事な私だもの。

ルーベルンは「ハリエッタ」とお兄様の優しい声で言った。


「どんどんズレて、命令に逆らってここまで来れるなんて、僕は最高に今充実してます。こんな時ですが、こんな時だからこそ伝えたい。美月さんに会えて良かった」


「これからも一緒にいるんでしょ?死亡フラグやめてよ」


「死亡フラグ?」


「良いから行くわよ。さっさと道を開けてくださいませ、ルーベルン」


「承知いたしました、ハリエッタ様」


私とルーベルンは、グレース家にあるキャロレンの部屋に向かった。



ルーベルンの魔法で人影や物を落とし、使用人や女中の見張りが細かく細かく逸らされてる間に私は進む。

なまってる身体ながらもちょいちょいと指先で魔法を使い、窓の鍵を静かに開けたり靴を脱いでふかふかの絨毯の上を「普通に気持ちいい」と思いながら足音を立てずに進んだ。


見かける使用人や女中達は全くやる気がなさそうで、スイスイ進める反面「この家大丈夫かしら?」と不安になった。


途中、私の部屋から「ハリエッタ、ハリエッタ…」とお母様の泣き声が聞こえてきてすぐにでも「お母様、私はここよ」と行ってあげたかった。

それをぐっと堪えて今までしてきたようにキャロレンの部屋の鍵穴に水の魔法を差し込み、形取ったまま抜いて氷の鍵にした。


一回回すと壊れてしまう鍵を使って扉を開くと、キャロレンが得体のしれない真っ黒な飲み物をまさに飲もうとしている所だった。


「ストップ…!」


私は咄嗟に雷の呪文を飛ばして、乱暴にコップを弾き飛ばした。床の高級そうなラグにじゅわあ…とこぼれた液体は焼き肉並みの煙が出てる。


「…っおねえさま?!」


「キャロレン。ごめんなさい、突然。騒がないで、床を見てよ。私はどう見てもあなたの命を助けたでしょう」


「…やっぱり。これを飲んだらわたくし、死ぬのだわ。だってすごく飲むのが怖かったんだもの」


キャロレンはポロポロ涙をこぼして「お姉様、お姉様」と私の胸に飛び込んできた。


「パーティで、ごめんなさい!わたくし、喧嘩を止めたかったの。シュナイツァー様もお姉様も大好きだから、あの時マリア様が『もうこのパーティはダメみたい。ここまできたら家族の一声が必要ですわ』なんて教えてくださるから…焦ってるお父様と急いで戻って…わたくし、わたくし、ただ必死で…お姉様が意地悪な顔をしていて、戻って欲しくて…とにかくシュナイツァー様を信じてあげてって…」


マリア。

やっぱり、マリアはそういう動きをしていたのね。


でもこれは私も充分悪いわ。

キャロレンの微妙に噛み合ってない所を利用したのは少なからずあった。


「ごめんね。私達、もっと話して仲良くなるべきだったわね。これからは…っとそれより。この変な飲み物どうしたの?」


飲み物と言って良いのかすら分からない黒い液が入った瓶を私は指差す。


「キャンベング家に代々伝わる特別な飲み物だって、マリア様がくれたの。とっても貴重で高いんだからこぼしたらダメ、全部飲むのよって…そうしたら皆幸せになれる。わたくしもずっと綺麗なままでいられるんだって気になって…でもすごく変な匂いがするし、あんなにじゅわってなるのは変ですわ。もう飲まないですっ」


「もちろんそれで良いのよ」


キャロレンは熱で寝込んで何か飛んだからか、比較的頭が冴えてるみたい。

ルーベルンが来てからエメリスお兄様への疑惑や真実は話すとして、私は毒で熱が出た日の事を聞いてみた。


「あの日は…マリア様と会いました」


「何かマリアにもらった物、食べた?」


「…マリア様がわたくしの為にだけ作ったというたった一つしかない、小さな虹色の飴をにこにこして口に入れてくれたんですの…」


ニコニコ笑って毒を、堂々と口に入れた?

サイコパスだわ。


「その日の夜、熱が出たんです…」


「それが重要な証言になるわ。裁判にも勝てるっ。目撃者はいないの?」


「誰にも内緒ですわよって、周りを見てからくださったの。熱が下がってマリア様がこの飲み物を持ってきた時、あの飴はわたくしに合わなかったわと言ったら『そんなもの、あげてません』と。いいえ、貰いましたわよ、と言ったら『熱でおかしな夢を見たのではありません?』と…」


「なんてこと」


「わたくし、本当かどうか自信がありませんの。お父様もお母様もお姉様がいなくなったショックでどこかぼんやりしてておかしいですの…」


毒を盛って、私に罪を被せて、キャロレンには嘘ばかりついて…

マリア…もとい女神ィィ!

絶対グレース家の皆にも何かしたでしょ!

もう、もうなんて自己中なの。

確かにこんなの女神じゃないわね、悪魔一歩手前の方が納得。


「私が来たからもう大丈夫よ、お姉様が守ってあげるっ」


「おねえさま、おねえさまっ。寂しかったです。早く皆に顔をお見せして。わたくしじゃダメなんです、お姉様じゃなきゃ…しっかりしてて優しいハリエッタお姉様じゃなきゃ、ダメなんですぅ。うわああ〜ん」


ん、かわいいっ!

キャロレンはやっぱり可愛い妹だわ!


あの時。

私がキャロレンを薔薇で容赦なく怪我させたならきっと今こうしていない。

女神の合格を受けてこれで良いのね、ってどんどん言いなりになって…ルーベルンも私も真実を知る事はなかった。

私の失敗が全部今良い方に繋がってる。なんて、都合良く考えて少し微笑んでしまった。

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